5-2.魔法使いの生活
魔法使いは忙しい。初めの頃はそんなこともなく好きに魔法の考察に没頭しているだけだったが、魔法教室第二期が始まった頃から忙しくなっている。
狩猟や採集、丸太から板への加工、その運搬、簡易住宅への家具の移動など、様々なことにマコの魔法が使われている。
もちろん、魔法教室の生徒たちも手伝っているが、建築資材や家具の運搬はマコでないと効率が悪い。普通の人なら腕力やリヤカーで、魔法教室の生徒たちはそれに念動力を併用して運ぶのだが、マコの場合は瞬間移動で一気に運んでしまうため、他の誰と比べても効率が桁違いだ。瞬間移動を使える生徒も何人かいるものの、移動できるものの大きさは一立方メートル程度、距離は精々数メートルほどでしかない。それなら、魔力消費は多くても念動を使った方が効率がいい。
他にも、マンションの駐車場に放置された自動車の片付けも、実作業はほとんどマコが瞬間移動で行なった。
畑で育てた芋が思いのほか早く収穫できたことから、畑の拡張を行うことにした。そのため、空いている土地として駐車場が挙がったのだが、アスファルトが消え去ったとはいえ、剥き出しになった砂利では流石に野菜を育てるのは無理だろうと、それまで広場の隅に建てていた簡易住宅を以後は駐車場に建てることにし、広場は畑として使うことになった。
その際邪魔になったのがタイヤやガソリンが消えて使えなくなった自動車だが、マンション全棟の住民の合意を取って、駐車場の隅に自動車を積み上げた。
瞬間移動には魔力をほとんど消費しないものの、何百台もの自動車を移動するには魔力を操作するのに使う気力も相当量になり、マコは途中で倒れないように少しずつ、二週間ほどの期間を掛けて駐車場を空けた。
空いた土地に、大工の指導の元で男たちが簡易住宅を建て、広場でテント生活を送っていた人たちが住宅へと移って行った。空いた場所は耕されて畑を作る。これから来る冬にも育つ植物があるのかどうかも判らなかったが、短期間で育った芋や、裏山で採集されたいくつかの根菜などの栽培が試されている。
畜産も試したいところだが、今は家畜に与える餌がない。これは春になってから始めるべく、計画が立てられている。
他にも、八棟のマンション間をケーブルで繋ぎ、有線通信機を設置する計画が進んでいる。無線通信は相変わらず不能だが、ケーブルを繋いだ直接通信であれば可能なことは判っていた。銅線は兎も角、被覆がなくなっているのでそれの代替品が必要になるが、石油由来ではない樹脂を使うことが検討されている。
一時期、米軍からケーブルを提供してもらえばどうか、と言う話も出たが、一度起きた異変がもう一度発生する、即ち石油製品が再び消え去る可能性を否定できないため、マンションやその周辺にあるもので作ることに決まった。
この通信線は、マンション間への敷設は試行という位置付けで、計画では近隣の協力関係にあるコミュニティ間にも行き渡すことを目的にしている。最終的には日本全土まで拡張し、異変前の情報通信を回復したいとレイコは考えているが、それには数十年、下手をすると数世代はかかるだろう。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
高齢者や持病を持った人が二十人以上、二ヶ月余りの間に亡くなっていた。マコの住む棟では、二人暮らしの老夫婦が亡くなった後はレイコの呼び掛けにより、住民間の安否確認がより密になり、以降は死者は出ていなかったが、他の棟ではそこまでの連携体制が取れていなかった。
基本的に各棟はそれぞれの自治に任せ、広場や駐車場の使用と裏山の探索は全体で相談することにしていたが、二ヶ月で二十人を超える死者の発生に危機感を募らせたレイコは、マンション全体を纏め上げ、一つのコミュニティとして再構成した。今まで通り棟ごとの自治権は残すものの、情報の共有をより密にし、完全とは行かずとも、すべての住民に目が届く体制を整えた。
また、他のコミュニティとのトラブルもあった。
マンションのコミュニティは初期に周囲のコミュニティと協力関係を築いたお陰で直接のトラブルでは無かったが、協力関係にある小さなコミュニティに侵入者があった。米軍士官から聞いたような暴動ではなく、夜中に入り込んで食糧などを盗んで行く、謂わばこそ泥だったが、食糧の損失は命の危機を招く。
犯人捕縛の協力を求められたレイコは、警官を含む応援部隊を組織して送り出し、こそ泥を無事に捕らえることができた。
彼らは十人ほどの小集団だったようで、その少人数では食糧の確保もままならず、泥棒を繰り返していたらしい。今は、盗みに入ったコミュニティに組み込まれ、今までの窃盗分を身体で返すべく、働いている。
レイコが今、一番気にしているのが調味料、香辛料の類だ。塩や味噌、醤油などはどの家庭でもある程度の買い置きはあったから今はまだ大丈夫だが、いつまでもと言うわけにはいかない。せめて塩だけでもなんとかする必要がある。
これも春からの課題だが、冬のうちに行動に移す必要があるかも知れない。
これらの活動の中で、マコの魔法がマンションの他の棟の人々にも知られることになった。何しろ、自動車を片付け、木材を運んで切断し、死者を荼毘に付したりと、様々な場面で魔法を使っていた。実力のすべてを出してはいないものの、別段隠そうとはしていなかったから、知られて当然だ。
他の棟の人々からも魔法の教授を依頼され、魔法教室第五期からは他の棟からも生徒を集めることになった。人数は変わらず五人ずつだ。もっと増やすよう要望もあるが、マコは、個々人に目を生き渡せないほどの人数に同時に教えられる自信がなかった。
(早く教師役を育てないと。でもどうやって育てるんだろう? 時間もないし)
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米軍に協力することで、魔法に関する新たな知見も得られた。
「この虫は……魔力はありますけど、蓄積できないみたいですね」
ケースに入った角が三本生えたカブトムシっぽい虫──しかしコーカサスオオカブトムシでもアトラスカブトムシでもない──を魔力で観察しながらマコは言った。
《蓄積できないとは、どういうことかな?》
女性下士官の通訳を介して、マッドな博士が聞いてくる。
「えっとですね、魔力がどこで作られるか判らないですけど、身体の中で作られています。作られた魔力は体内に蓄積され、一部が皮膚から滲み出るように外に出て、薄く纏っています。
それがですね、この虫は体内に魔力がほとんどないんです。でも、魔力を作れないのかと言うとそんなこともなくて、外に漏れてますね。漏れると同時にどんどん発散してますけど。体内に少しだけある魔力も、溜めているわけじゃなくて、まだ外に出ていない分が残っているだけって感じです」
《ふむふむなるほど》
博士は通訳されたマコの言葉を聞きながらノートパソコンのキーボードを叩く。
《それじゃ、これはどう?》
次に出てきたのは大きなイモムシ。うひゃあぁ、と思いながらもマコは虫を調べてゆく。
様々なサイズのイモムシやケムシ、ムカデのような多足虫、その他にも色々な虫、虫、虫。
マコの斜め後ろで一緒に見ているフミコも、顔を引攣らせている。マコと同じく、虫は苦手なようだ。
さらに、鼠色をしたハムスターのような小動物から、鶏っぽいけれどやけに丸っこい鳥、爬虫類や両生類らしき小動物、蛇のような蜥蜴のような怪しい生物──蛇っぽいが足が二本生えている──など、小型の生物を次から次へと見せられた。大型の生物がいないのは、部屋の中に入れるのが大変だからだろう。それとも、レイコが要求した『巨大生物に手を出さない』という条件の“巨大生物”を“大型の生物”と解釈したのかも知れない。
続けて運ばれて来たケースには、植物が入っていた。何種類もの植物を、動物と同じように魔力で調べてゆく。
一通り調べた結果、動物で魔力を保持する生物は哺乳類と鳥類に、植物では種子植物と胞子植物の内のシダ植物に限られるらしい、ということだった。ただ、魔力の生成自体はすべての動植物が行なっていた。
《すべての生物で試したわけじゃないからね、例外はあるかも知れない。しかし興味深いね。生物によって魔力の保持能力の性質に差があるとは》
今日は用意されていないが、微生物も魔力を生産しつつ、溜めることはできないのではなかろうか。と言うことは、とさらにマコは考える。
《何か思いついたのかい? 思いついたのなら何でも言って欲しいんだが》
「あー、その、ですね、もしかしたら、人間には魔力の生成能力はなくて、魔力は体内の微生物が作っていて、人間はそれを溜めているだけかな、と思って」
《ふむふむ、なるほど》
博士はキーボードを小気味好く叩く。
「あ、でも違うかな」
《何故だい?》
「えーと、魔力って自分のものは操れるんですけど、他人のは操れないんです。魔力の大元が体内の微生物だったら、他人のも操れるんじゃないかな、と思って」
《そうも考えられるな。しかし、体内に溜まっている間に変質している可能性もあるんじゃないかな》
「はぁ、なるほど」
発生した時点で同じ物でも体内にある内に変わるのなら、マコの最初の考えも、もしかすると的を射ているかも知れない。身体測定でマコの身体は一般の女子高校生とまったく変わらないそうだから、それが事実なら人体そのものではなく体内の微生物が魔力を生成している可能性は大いにある。単に、人間の持っている機器では測定できないだけで、人体が生成しているかも知れないが。
《それにしても、キミ、なかなか目の付け所がいいね。どうだろう、俺の助手をやらないか?》
その通訳を聞いたマコは、笑顔を浮かべてはっきりと答えた。
「絶対に、お断りします」




