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私が魔法の開拓者(パイオニア)~転移して来た異世界を魔法で切り拓く~  作者: 夢乃
第十一章 婚約と魔鉱石

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11-10.将来の予定

「マコ、結婚式はいつにするの?」

「ぶぼほっんぐっんんっ」

 朝食の席でのレイコの発言に、マコは口の中の物を吹き出しそうになり、慌てて口を押さえてむせた。ヨシエが差し出してくれた水を飲んで落ち着く。

「レイコちゃん、突然何言い出すのっ」

「でも、いつかは結婚を考えているのでしょう? それならすぐにしても同じじゃないの?」

 レイコは娘を優しく見つめながら言った。

「マコちゃん、結婚するの? それならウェイディング・ドレスは任せてね」

 キヨミが平和な声で言う。


「キヨミさん、まだ先の話だから。レイコちゃん、結婚ってちゃんとお付き合いしてからするものでしょ? 付き合い始めてからまだ何日も経ってないのに」

 実際、マモルがマコに告白したのは欧州から日本に帰ってくる直前だ。それまでも互いに好ましい異性として意識していたが、付き合っていたわけではない。少なくとも、マコの認識では。


「年が明ける前から付き合っていたでしょ」

「そりゃ、仲は良かったと思うけど……って、レイコちゃん、そんな前から知ってたのっ!?」

 フミコに勘付かれていたのは本人から聞いて知っていたが、レイコにもとは思っていなかった。

「あれだけベタベタしていたら、誰でも解るわよ。少なくとも、年明けにはマンション全体に知れ渡っていたんじゃないかしら」

「マンション全体っ!?」

 そこまでとは思っていなかったマコは、思わず粕河家の三人を見た。


「先生が自衛隊の人と付き合ってるのは、ずっと前から知ってるよ。ねぇ」

 ヨシエが言って、彼女の母と姉を見ると、二人も微笑ましい表情で頷いた。

「私は知らなかったけど」

 キヨミが言った。

「キヨミは引き籠っているからでしょう? 窓から外を見るだけでも、マコが四季嶋さんと仲良くしているところは、しょっちゅう見られたわよ」

 キヨミを散歩に連れ出す時にはさすがにマモルといちゃついているわけにはいかなかったし、それ以外でキヨミがマコの普段の行動を知る余地はない。


「だけどさ」マコは、キヨミのことを脇に置いて、レイコに言った。「今の時期に結婚なんて無理でしょ。みんなまだ大変なのに」

「最近は結構落ち着いてきているわよ。けれどね、明るい話題に事欠いていて。年末はマコがイルミネーションを作ってくれたけれど、年越しは休みにしただけだし、成人式も卒業式も入学式もなかったから。そろそろ、明るいイベントが欲しいのよ」

「言ってることは解るけど……ってちょっと待って。イベントって、マモルさんとあたしの結婚式を、マンション挙げて盛大にやるわけっ!?」

「盛大にはできないわよ。告知だけ回覧板で回して、例えばそうねぇ、式は広場に雛壇を作って、周りにいくつかテーブルを置いて、みんなには自由に出入りしてもらえば」

 レイコは即興で考えた娘の結婚式の案を披露した。


「それ、誰も来なかったり、たくさん来すぎたりしたらどうするの。って言うか、雨が降ったらどうするのっ!?」

「雨天順延でいいんじゃないかしら」

「雨天順延の結婚式って何っ!?」

 マコは喚いた。レイコは娘を宥めるように微笑んだ。

「それは冗談としても、それじゃマコは、結婚式自体には賛成ってことでいいわね」

「だから、それは早いと思う……」


 しかし、レイコが結婚式──式と言うより披露宴だろう──を開きたい理由を聞いたマコは、無碍に否定することもできなくなってしまった。コミュニティに漂う空気は重苦しくはないものの、確かに明るい話題、と言うより催しは、ほとんどない。だから、レイコの考え自体には賛成だ。しかし、その催しが自分の結婚披露宴と言うのは……


 レイコにしても、娘の結婚披露宴をイベントとして不特定多数の人々に公開すること自体には躊躇いがある。しかし、今はまだいいが、このままでは住民の気力が徐々に落ちていくか、逆に不満が溜まっていつか爆発するかも知れない。

 管理部で話し合って、夏か秋には祭を開催しようと言うことになっているが、その前にも一つくらい、イベントを企画したかった。


 それにもう一つ、先の想いと矛盾するが、娘の幸せな姿をコミュニティの人々に見せびらかしたい、という想いもあった。

 レイコはかつて、恋愛に失敗した。その結果、十六歳にもなる前にマコを私生児として出産せざるを得なかった。マコのいる日々は幸せそのものであったが、娘には自分と同じ轍を踏ませたくはないし、幸せな娘の姿を人々に誇りたい。


「確かにね、お相手もあることだから、マコだけじゃ決められないでしょうけれど、前向きに考えて欲しいわね。マコも、四季嶋さんと一緒に暮らしたいでしょう?」

 そんなことを言われて、マコは耳まで真っ赤になってしまう。

「でも、どこに住むの? マモルにここに来てもらうのは狭くなるし。リビングは空いてるけどみんなで寛ぐ部屋がなくなるのもどうかと思うし。かと言って、自衛隊の隊舎にあたしが住むのも変だし」

「住宅のいくつかは予備に空けてあるから、そこを使えばいいわよ。それとも、新しい家を建ててもらってもいいし」

「場所あるの?」

「一軒くらいは何とかなるわよ。とにかく考えておいて欲しいわね」

「うん……マモルに相談してみる……」

 最終的に、マコはこくりと頷いた。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「ヨシエちゃんは、あたしが別の家に引っ越してもいいと思う? ヨシエちゃん、一人で寂しくならないかな?」

 ヨシエが授業に行くまでの短い間に、マコは聞いた。

「私は、ここに引っ越す前はお姉ちゃんと同じ部屋だったし、お姉ちゃんもお母さんも一緒に住んでるから平気。それに、先生も引っ越しても近くにいるんでしょ?」

「うん。マンションの敷地内だよ」

「それなら、いつでも会いに行けるもん。それより、先生が幸せなほうがいいよ」

 ヨシエちゃんの方があたしなんかよりしっかりしてるなー、などとマコは思う。


「それじゃ、お勉強行ってきま~す」

「行ってらっしゃい」

 部屋を出て行くヨシエを、マコは見送った。


 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


 ヨシエが出掛けて一人になると、マコはここのところ考えている、魔鉱石を使った魔力機関の改良を進めようとした。けれど、朝食の席でレイコから言われた結婚披露宴の話が頭の隅から消えず、考えが纏まらない。

 このまま無駄に時間を使っても仕方がない、とマコはマモルに会うことにした。

 今、彼は一号棟から離れた場所を、シュリとペアで巡回中のようだ。住民の何人かは、マモルとシュリとスエノの三人がマコの護衛であることを理解しているが、表向きは他の自衛官と同じくこのコミュニティの警備を請け負っていることになっているので、巡回していることもある。

 一号棟の周囲を魔力で探査すると、スエノがいた。今の時間はスエノがマコの護衛のようだ。マモルとシュリが巡回中なのだから、当然といえば当然だが。


 マコは、マンションの建物を出て、マモルの元に向かった。スエノの姿は見えないが、姿を隠してついて来ているだろう。探査していれば判るが、そこまでする必要もない。

 魔力を広げたままにしておく練習もしているが、上手くできるようにならない。まだ鍛錬が足りないか、もしくは、人並み外れた魔力を持つマコも万能ではないということだろう。


「こんにちは。お仕事中すみません。あの、マモルさんにお話があるんですけど……」

 巡回中のマモルとシュリに追いついたマコは言った。

「こんにちは。はい、構いませんよ。四季嶋二尉、矢樹原二尉と交代、マコさんの護衛の任に就け」

「はっ」

 シュリが言うと、マモルは敬礼し、マコに顔を向けて笑いかけた。どこからともなくスエノが姿を現し、マモルと交代する。


「マコ、話って何?」

 シュリとスエノが巡回のために離れて二人になると、マモルはマコに聞いた。

「えっと、邪魔の入らないところがいいな。ちょっと移動するよ?」

「いいよ」

 マコはマモルの手を握った。魔力を流し込んでその場から消える。


「……ここは」

 マコが瞬間移動したのは、マンション一号棟の屋上だった。今は使われていない飲料水タンクなどが設置されている。

「ここなら、誰も来ないから」

「……そりゃ、来ないよ」

 マモルは苦笑いで答えた。

「えっとそれから」

 マコが少し考えると、縁のフェンスの手前に木製のベンチが現れた。

「ちょっと借りちゃいました」

「マコにかかったら何でもありだね」

「何でもってわけじゃないんだけど」


 二人は、マコが広場から拝借したベンチに並んで座った。

「それで、話って?」

 マモルが水を向けると、マコは話しにくそうにしつつも、黙っているわけにもいかないので話し始めた。

「えっとね、レイコちゃんから今日、マモルとあたしの結婚式はいつかって聞かれて」

「え……」

 一瞬口籠ってから、マモルは頬を染めた。


「その、俺たちまだ付き合い始めたばかりだし、もうちょっと深く付き合ってからでもいいかな、って思うけど。それにマコは、まだ十六になったばかりだろう?」

「うん。あたしもそう言った。でも、何か明るい話題が欲しいからって。それにね」

「それに?」

 マコはマモルをじっと見た。マモルも見返す。


「あたしも、マモルと一緒に暮らしたいなって」

 言ってから、今度はマコが真っ赤になる。

 しばらく、無言の時間が経過した。

「や、やっぱり、早いよね。マンションの人たちのモチベーションのための結婚って言うのもアレだし。あたしもまだ子供だし」

 マモルが黙ってしまったことを気にして、わたわたとマコは言った。

「……その、俺も、許されるなら、マコとすぐにも暮らしたい。同棲という方法もあるけど、将来は結婚するつもりだから、同棲するなら今結婚しても同じだし」

「マモル……」

 マモルの返事に、マコはさらに頬を染める。


「それなら、レイコちゃんには、おっけーって言っていいかな」

「構わないよ」

「うん、じゃ、そう言っとくね。えへ。あたしも実は、早く結婚したいなって思ってたんだ。あ、そうだ。マモルのご両親に報告できないけど、いいかな? 反対とかされないかな?」

「大丈夫」

 にっこりと微笑んだマモルだったが、その笑顔にどこか寂しげな陰を感じたマコの火照りが、一瞬で冷めた。マコはマモルの言葉を待った。


「俺の父……親父は、俺がまだ小さい頃に事故で亡くなってて、お袋は俺が防衛大学を卒業して自衛隊に入隊した後、少ししてから病死したから」

 マモルの身の上を始めて聞いたマコは、一瞬、言葉を失った。

「ごめんなさい。気が付かなくて」

「マコは悪くないよ。俺が黙っていただけなんだから」

「ううん。あたしが悪いの。必要なことならマモルから話してくれるもの。あたしは何も気にせずに黙っていれば良かったんだよ。ごめんなさい」

「本当に気にするな。疑問に思ったことを聞けないような間柄じゃ、恋人とも夫婦とも言えないだろう?」

「うん。でも……」

「仕方ないな。それじゃ、俺も聞きたいことを聞くから、それでおあいこにしよう」

「うん。なんでも聞いて」


 そう言われたが、マモルは一瞬躊躇い、けれど、心のどこかに引っかかっていたことを口にした。

「その、マコの親父さんて、どうしたんだ?」

「あ、そのこと」

 マコは何のてらいもなく答えた。

「あたしは知らないの。レイコちゃんがあたしを身籠ったのって高校に入ったばっかりで、相手は同級生で、当然あたしを産むことは周りのみんなから反対されたけど、それを押し切って産んでくれたんだって。相手はレイコちゃんと縁を切って、どっかに引っ越して、以来音信不通。レイコちゃんから相手のことを聞いたことは一度もないから、忘れてる、ううん、忘れようとしているんじゃないかな」

 今度はマモルが絶句した。


「その、本条さんが話さないのに、マコはどうやって知ったんだ?」

「レイコちゃんは何も言わなかったんだけどね、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが教えてくれたの。レイコちゃん以上に相手を怨んでいたみたいで」

 それはそうだろう、とマモルは思う。大切な娘を傷物にされた上、雲隠れした相手を怨まずにはいられないだろう。

「あー、そうだ、一個訂正」

「何を?」

「えっと、『あたしは知らない』ってこと。マモルにはなるべく隠し事したくないから話すけど、レイコちゃんには絶対に話さないでね」

「ああ」

 何だろう?と首を傾げつつもマモルは頷いた。


「えっとね、あたし一度、その相手と会ってるんだ」

「え?」

「一月にあたし、誘拐されたでしょ? その時誘拐犯から逃げる途中でコミュニティの一つに立ち寄ったの。そこであたしを『レイコ』って呼ぶ男に会って、その時に『こいつがレイコちゃんを捨てた男だっ』って直感したの」

「あの時に……本条さんにはどうして内緒に?」

「レイコちゃんにとってその相手は過去の人だし。あたしに一度も話したことがないのがその証明だよ。レイコちゃんを、そんな忘れた過去で振り回したくないもん。そのコミュニティまで五十キロくらいあるし、山越えしなくちゃならないから、今の状況じゃもう一度会うなんてないと思うし」


 マモルは、俺がもっと早くマコを見つけていればそんな余計なこともなかったのに、と歯噛みする。しかし、すでに済んだことだ。二度とあの時のような轍は踏むまい、と改めて心に誓う。


「これからも、お互いに何でも聞けるようにしようね。あ、全部答える必要はないよ。マモルも自衛隊の秘密事項とかあるだろうし」

「そうだね。隊のことは確かにそうだけれど、自分のことはなるべく話すようにするよ」

 まもなく夫婦になる恋人たちは、誰も来ることのないマンションの屋上で肩を寄せ合ったまま、しばらく二人だけの時を過ごした。



■ネタ

 雨天順延の結婚式……「カレンダーガール」(新井素子)から

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