6-6 本性
グレイシャの言葉に、アドルフォが一度止まった。
場の緊張が高まる。誰も何も言わない。張り詰めた糸が今にも切れそうな、そんな危うさが場に満ち溢れた。
アークがもう一歩、偽造船の奥へ踏み込む。それが合図になったようだった。
アドルフォが刀を一度引き、アークの首を狙う。
アークの方は予想していたとばかりに、槍を少し動かしただけでアドルフォの攻撃を受け止める。先ほどの響いた鉄の音と同じように偽造船の暗い方へと吸い込まれていく。
「やめて! わたしたち、仲間でしょ!?」
グレイシャの叫びにアドルフォは歯を食いしばっただけで、何も答えない。
カルロスがグレイシャの隣に並んだ。パーカーのポケットに右手を突っ込んでいる。左手で、フードを取り払う。緑色のメッシュがさらり、と揺れる。
「当ててあげようか、隊長?」
カルロスの声は聞いたことがないぐらい、低くそして、真面目だった。
「何をだよ?」
「隊長の隠し事、オレ、知ってるんですよね」
静かなカルロスの言葉に、アドルフォが目を見開いた。青い垂れ目がカルロスを捉える。その瞳がゆらゆらと不安定に揺れているのがグレイシャには見て取れた。
カルロスはゆっくりと右手をパーカーのポケットから出す。
「なっ!?」
その手に握られている者を見て、アドルフォの目はさらに見開かれた。
カルロスの手の中で小さく銀色の光を反射させるもの。それは、銀遊士のみだけがつけることを許されるもの。銀遊士であることを証明する、そんな特別な笛。
カルロスが銀色の呼子笛を首に下げた。
「ごめんね~、こういうことなんだ。オレは銀遊士協会所属、カルロス・マネリ。コードネームは《旋風》。改めてよろしくね~」
カルロスが両手を右手を左胸に当て、優雅にお辞儀をして見せた。どこまでもおどけている。だが、その語尾は僅かに揺れた。
「テメェっ!」
アドルフォが低い声で吠えた。充血した目が、片刃刀の切っ先が、カルロスに向けられる。
しかし、カルロスを狙ったアドルフォの片刃刀は跳ね上げられる。アークが黒い槍で弾いたのだ。
バランスを崩したアドルフォ。それでも武器を離すことはしない。両手で柄を握りこむと邪魔者であるアークめがけて、一気に振り下ろす。
狙いはアークだ。
しかし、アークは表情を崩すことなく、槍の柄で受け止め、流す。
アークとアドルフォの攻防は続く。
槍に対して日本刀というのは質が悪いようだ。アドルフォは中々、攻めきれずにいるようだった。
「隊長、……いや、アドルフォ・ベニミソン、あなたは密猟者の一味だね」
カルロスの言葉に、グレイシャは目を見開いた。
「そんなこと、あるはずないじゃない! いい加減なことを言うのなら、カルロス! あなたでも許さなくてよ!」
グレイシャはカルロスから一度距離を置いて、矢をつがえた。
カルロスはグレイシャを見つめてきた。それから、目を閉じて左右に首を振った。
信じない。いや、あり得ない。
「そんなわけねぇだろうが! 濡れ衣だっての」
アドルフォが短く吐き捨てる。
「ほら、アドだってそう言ってるじゃない? あんたちょっと疲れてるのよ」
カルロスはもう一度、グレイシャに視線を向けた。
それから、切れ長の瞳をアドルフォへと向ける。
「証拠。出さなきゃダメ? 認められない? オレ、出来れば自首してほしいんだけど」
カルロスの笑みが完全に消え去った。普段の飄々とした表情からは想像もつかないぐらい凪いでいる。
「証拠も何もやってないんだから、あるわけねぇだろ」
アドルフォが短く鼻を鳴らした。
「オレさ、隊長のこと、疑いたくなかったよ? だから、この人は違うって証拠を集めようとしたのに、どうしてだろうね。調べれば調べるほど、嫌なことが見えてきちゃって」
ま、勝手に期待しただけなんだけどさ、とカルロスは付け足した。
アドルフォは眉根を寄せただけで、何も言わない。
カルロスは短く息を吐き出した。それから、人差し指をアドルフォに突き付けた。
「じゃあ、質問。エリックの村で頑なにダンジョンに入らなかった理由は?」
アドルフォの青い目がカルロスから反らされた。
「村の人を助けるためだって――」
「嘘つくなって」
アドルフォの言葉をアークが遮る。悔しそうにアドルフォがアークを睨む。
その間に、カルロスが口を開く。
「季節外れの《クイーン》の移動。それは密猟によって、巣を捨てたために起こったもの。隊長は密猟に参加してたんでしょ? 《クイーン》に顔を覚えられている可能性がある、だから潜れなかった。違う?」
カルロスの説明は筋が通っている。
グレイシャは信じられない思いで、アドルフォを見つめた。
「そんな目で見るな。そんなん状況証拠だけだろ……」
アドルフォの語尾が掠れる。
「オレ、まだ証拠を持ってるよ? でも、隊長」
カルロスはそこで言葉を切った。
アドルフォは青い目を伏せる。
「あー、ついてないな……」
アドルフォが目を閉じたまま天井を仰ぎ見る。
「半獣人族の暮らしは貧しい。寒さ、暑さを超えるための月精石も満足に買えない。ラル族も同じだ。分かるだろ……?」
アドルフォの言葉にミリィが目を見開いて、固まる。答えることはない。
「分かるだろ? 稼ぎは全部国のお偉いさんに吸い上げられちまう。外見税って言ってな。そんなの、おかしいだろ?」
閉じた瞳から涙が溢れだす。
アドルフォの手から片刃刀が滑り落ちた。
「お前らと居るのは、楽しかったよ。本当に」
カルロスが走り寄って、アドルフォの腕に手錠をかけた。
グレイシャは身体から力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。
「グレイシャさん!」
ミリィが駆け寄ってこようとする。
グレイシャはただ、ぼんやりと目の前を見つめることしか出来なかった。
そして、悪夢が始まった。
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