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銀ノ閃光  作者: 若葉 美咲
6.銀遊士の仕事
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6-3 戦闘離脱

 黒いドラゴンが引く荷車はエリック達をあっという間に港に届けてくれた。

 アークのドラゴンだ。アークは短くドラゴンに指示すると、ひらり、とファミリーの隣に並んだ。

 港は塩の匂いがする。それから、湿度も高いように感じた。

「この偽造船だ」

 アークが地図を共有して、とある偽造船を指し示す。

「合図とともに突撃しろ。反抗するものは容赦なく切り捨てろ。じゃないと、殺されるぞ。密猟者は、職業柄、元銀遊士だったり、銀遊士と同等か、それ以上の戦闘能力を有している可能性もある。彼らは『殺しのプロ』だ。くれぐれも油断することのないように」

 アークが淡々と説明している。

 エリックは説明を聞いて、体の芯が冷えていく感覚を覚えた。今更になって、体が震え出す。

 そこへ来て、エリックはようやく気が付いたのだ。

 戦う相手がモンスターではなく、人間だということに。人間相手に殺される可能性があること。そして、人間を殺さなければならなくなるかもしれない、ということに。

 人間を斬ったら、それはもう傷害事件だ。ましてや、殺してしまったら、立派な殺人だ。

 手が震える。歯の根が合わずに不快な音を立てる。

 だが、いまさら、待ったと声を上げられるはずもなく。

 皆が移動する。流れに逆らえるはずもなく、エリックは歩みを進める。

 自分は動きたくないのに、体が勝手に動いていく。周りの空気に流されるように剣を抜き放つ。震えている手なのに、どういうわけか、剣はすんなりと抜けた。

「行くぞ!」

 アークが声を上げた。

 黒いロングコートが翻って、真っ先に走り出す。

 アークの長い脚が、偽造船の固く閉ざされた扉を蹴り倒したのが見えた。

「銀遊士協会による強制調査だ! これは脅しではない! 大人しく投降しろ、さもなくば、斬る!」

 アークが口上を述べている間にも、密猟者は剣を抜いて、襲い掛かってくる。アークは襲い掛かってきた奴らを半身になってかわし、その腕を捻り上げる。向こうが武器を手放すまで締め続ける。

 言い終えたアークが槍を一振りした。腕を捻り上げている男の腕を斬り飛ばした。ヒュン、と良い音が鳴って血飛沫が上がる

 しゃがみ込む男。その男に赤い血の水たまりが広がっていくのが見えた。

 斬られた腕がエリックの目の前に落ちた。

 そして、斬られた人は言葉にならない悲鳴を上げた。言葉にならない唸り声。

 エリックはその状況を見て、動くことが出来ず息を飲む。

 噴き出てくる汗。早くなる呼吸を必死に宥めている間に、状況は二転も三転もしていく。

 偽造船はとても広く、次から次へと密猟者が飛び出してくる。窓から差し込む月明りに、血まみれの床が照らされた。

 アドルフォも片刃刀で、致命傷にならないように攻撃を繰り出している。

「もらったぁあっ!!」

 急にそんな声が聞こえてきて、後ろに気配を感じた。バズーカを構えた男がエリックを狙っていた。

 戦わねばいけない。

 意を決してエリックは剣を振り上げた。すると、男は直ぐにバズーカを捨てて震えだした。

「ひっ!? こ、殺さにでくれよう! お、おれには人質が居て、お前らに抵抗しろって言われて! おれ、おれ……!」

 エリックは剣を振り上げたままで止めてしまった。

 そんな状況の人が混じっていると思うと、傷つけるなんてできない、と。

「なぁんてなっ!」

 男が笑う。歪んだ口から、黄ばんだ歯が見えた。

 男が背後に隠し持っていたナイフを持って、突っ込んでくる。

「エリック!」

 ミリィの声が聞こえた。


 ――ガァァン!


 続いて銃声が響く。

 そして、男の脳天に真っ赤な華が咲く。生暖かい液体を振りまきながら、男が床に沈んでいくのを、エリックはただ、呆然と見つめた。

 顔に、体に、血が付着する。雨のように降り注いだそれに、エリックは瞬きも出来ない。

「下がって。君は優しすぎる」

 ミリィが拳銃を構えながら、エリックの傍へと駆け寄ってきた。彼女は淡々と狙いを付けては、引き金を引いていく。何かの流れ作業でもしているかのように。

 こんな世界は知らない。こんな仕事は知りたくもない。叫ぶ心をなんとか奮い立たせようとしても、動けない。

「そんなこと、ない! 俺は、おれは……」

 エリックは振り上げていた剣を下ろした。先ほど浴びた返り血の臭いが鼻を刺激する。吐き気がこみあげて、視界が歪む。

「下がって。じゃないと、君を護れない」

 ミリィが真剣な声で言ってくる。

 だけど、エリックはその場から動くことも敵わず、その場で固まることしかできなかった。ともすれば、膝から崩れ落ちそうになる。

 エリックの視界の隅で、密猟者がミリィを狙う。動かなければ、言わなければと思うのに、声も出ない。酸素を失った魚のように、口をはくはくと動かすだけで精いっぱいだ。

 すると、エリックの視ている前で、ミリィに狙いを付けていた密猟者の首に細い鎖が巻き付いた。細い鎖はぎゅ、と締まり、密猟者の気管を塞ぐ。気を失った密猟者の隣にカルロスが降り立った。

「だから言ったじゃない、分かってないって。ミリィちゃん、ここはオレが引き受けるから、この馬鹿を安全なところまで引きずって行って。……ごめんね、女の子にこんなことさせちゃって」

 カルロスがいつも通りの口調で言った。

 カルロスの言葉に、ミリィは幾分かホッとした表情になる。

 ミリィは小走りでエリックの元に駆け寄ってきた。小さい体のどこにそんな力があるのか聞きたいぐらいの腕力でエリックを引っ張った。エリックはミリィに引きずられるようにして、歩いた。

 周りの惨状は嫌でも目に入ってきて、エリックは目を瞑る。

 そして、二人して戦闘を離脱した。


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