6-1 流れの始まり
冷房が効いた部屋で、皆が机を囲んで座っている。
椅子は五つ。アークは椅子に座らず立っていた。部屋の中は涼しいのに背中を汗が伝う。エリックはいつもと違う雰囲気に緊張していた。
「これから渡す資料は国の最重要極秘資料になる。よって、銀遊士協会の掟により、緘口令が適用される。質問はあるか?」
淡々としたアークの説明を聞いていると重要な任務が入ってきたんだと実感できた。
エリックにとって、それは力をつけるチャンスのはずだ。なのに、何故だか落ち着かない。そわそわとしてしまい、落ち着かない。
周りがピリピリしているからだろうか。
「あの、緘口令って……?」
エリックが考えていると、ミリィが小さく手を上げて蚊の鳴くような声で発言した。
とても小さな声だったので、アークが聞き取れたか不安で、エリックは視線を走らせる。
「任務について、誰にも口外してはいけない、ということだ。この場合、関係者以外との接触は禁止となる」
アークが言葉を選びつつ、発言していく。
ミリィがまだ複雑そうな顔をしている。
「まあ、具体的にはお互いがお互いを見張れってことでしょ? 誰にも会わないように」
カルロスがお気楽な雰囲気で言ってきた。
エリックは瞬きを繰り返す。それって半軟禁状態じゃないだろうか、と思ったのだ。おエリックが思っていたより、ずっと大きな任務ではなかろうか。
「まあ、言い方を変えればそういうことになる。守れるか?」
アークの質問に、皆が一様に頷いた。
その途端、いつもは銀色の腕輪がスッと赤くなった。特別任務にて、常に行動が監視されるモードに移行したらしい。
アークが全員の腕輪を確認して、資料を配り始めた。
素早く資料に目を通したアドルフォが深刻な顔で告げた。
「これは、銀遊士見習いの僕たちの手に負えるような事件じゃないよ」
エリックは読むのはそんなに早くないので、まだ最初の方しか読み終えていない。何が問題なのか分からない。
エリックは早く目を通そうと書類に向き合う。アークが溜息をついて、口を開いた。
「書いてある通り、俺たちの今回の仕事は、モンスターの密猟者の迎撃、これの捕獲である。時刻は明朝零時、集合場所は家のリビング、その後、港に向かう」
「そんなのは分かってるよ。読めば分かる。だからこそ、何で? こんな危険な任務、後輩たちを巻き込むわけにはいかない。分かるだろう?」
アークの返答にアドルフォが尋ねた。話はエリックを置いて進んでいく。
「危険だからこそ体験してもらう。それに、いずれは通る道だろう」
「でも!」
アークの言葉にアドルフォが食い下がる。
黙って聞いていたカルロスが口を開いた。
「君って、すごくわがまま~なんて聞いてるけど? 今回このファミリーに配属されたのも君の『強い要望』があったからって噂で聞いたよ~」
アークの眼光が鋭くなった。睨まれたカルロスは、おお、怖い怖い、なんておどけて見せる。
エリックが呆れていると、茶色の瞳と目が合ったような気がした。
「決まっている。エリック。あんたに興味があるからだ」
アークはエリックを指してそう言った。
ファミリーの全員から視線を集め、急に居心地悪く感じる。助けを求めようにも、誰もが難しい顔をしてエリックを見ていた。
「何したのよ、あんた?」
グレイシャが半ば呆れたような口調で、聞いてくる。
「な、何も……」
だが、魔法のことを洩らすわけにはいかない。必死にとぼけた。
「追加資料だ」
グレイシャがさらに問い詰めようとしてくる前に、アークが新しく書類を配った。
アークから手渡された紙の隅に、見慣れない綺麗な字で『すまない』と書いてあった。
エリックは恐る恐るアークの顔を見た。周りの皆はまだ、資料を読んでいる。
アークとエリックの視線が交わった。そんままアークが一度だけ頷いた。
エリックは慌てて、資料に目を通し始めた。しかし、考え事が邪魔をして、内容が全くと言ってもいいほど、頭に入ってこない。目は記号の形の上をなぞっていくだけだ。
アークの狙いはエリックではない、ということが分かった。じゃあ、何のためかと言われれば、エリックには分からないのだが。
雲行きが怪しくなってきた、とエリックは気を引き締めた。
「それでは細かい作戦の話をするぞ」
アークの言葉に、エリックは再び目を瞬かせた。
アドルフォはまだ納得のいってない顔をしているし、グレイシャもどこか厳しい顔付きだ。カルロスは普通に見えるが、ミリィは青くなっている。
エリックは異様な雰囲気を感じながら、資料に目を通し続けたのだった。
この時、エリックはまだ分かっていなかったのだ。銀遊士の仕事の本質を。




