2 王妃アルティディアと側妃シャリア
「シャリア様はいいわよね。執務も最低限でいいんですもの」
王妃のマルティディア様が扇子を仰ぎながら嫌味を言ってくる。
「マルティディア様、お疲れでしょうか。ああ、私と違って公私共に忙しくて大変ですよね!」
彼女はご丁寧に側妃の部屋まで嫌味を言いにきたのね。
私は特にすることもないので満面の笑みを浮かべ、今日も彼女の相手をしている。
彼女は従者の淹れるお茶を美味しそうに飲んだ後、皿に盛られた赤い実を口にし、笑顔を見せた。
「あら、この実。美味しいわね」
「ええ、そうでしょう? 私の好物なのです」
「そう。ところでシャリア様、キルディッドはね、貴女が気に入らないみたいなの。だから新たに側妃を娶るんですって」
「あら、そうなんですね。私もようやくお役御免ということですね!」
マルティディア様は私のいつもより高くなった声が癪に障ったようだ。
扇子を広げ、口元を隠しているけれど、眉がぴくりと反応している。
「あら、貴女は悲しくないのかしら。そんなことだから婚約者にも捨てられてしまうのよ」
「ふふっ、そうですね。私は誰からも求められぬ人生だったのでしょう。ですが、こうして恋愛に心傷つかず、のんびりとここで好きなことができる。これが私にとっては最高の幸せですわ」
「……貴女、本気でそう思っているの?」
「? ええ。私は望んで結婚したわけでもないし、キルディッド様との閨がとーっても苦痛でしたので側妃を迎えていただけるなら嬉しい限りですわ」
私は隠すことなく笑顔を見せると、マルティディア様は怪訝な顔をしている。
「閨が苦痛?」
「ええ、痛くてしかたがないのです。マルティディア様は優しくされているのでしょう?」
「……どういうことかしら」
彼女は真剣な表情になり、私に聞いてきた。えっと、どういうことだろう? こちらが聞いてみたい。
「侍女たちからの話では閨は心身ともに満たされ、心地よいものだと聞いております。私はキルディッド様しか経験がないので他は分かりませんが、侍女たちの話と全く違うのです。
いつも面倒そうに部屋へやって来て作業だと言わんばかりに短時間でさっと部屋を出ていくのです。拒否すれば手も挙げられるわ。他を知らなくてもあの態度はないかと思います。あれのどこが良いのか理解しかねますわ」
「そう、貴女はそんな扱いを受けていたのね……」
マルティディア様は私の言葉に思うことがあったのか、それ以上嫌味を言うことはないようだ。
「あの苦痛が減ると思うだけで嬉しいです! 最高っ! あっ、ごめんなさい。つい、嬉しすぎてはしゃいでしまいましたわ」
マルティディア様にとって新たな側妃を迎えるということは悔しいことだろう。でも私にとっては朗報でしかない。
今すぐにでも浮かれて踊りだしたい気分だ。
「それほど、なのね」
「ええ! あっ、ごめんなさい。マルティディア様にとっては許せない話ですよ、ね」
「いえ、構わないわ。最初に側妃を迎えると聞いた時はとても腹が立ったわ。殺してやろうかと思うほどに。だからキルディッドの好みでない令嬢を宛がうように進言したの。でも、貴女がそんな扱いを受けているなんて知らなかったの」
珍しく眉を下げながらそう言葉にしている。
あれ?
マルティディア様はそんなに悪い人では、ない?
私が側妃になってから二年以上経つけれど、公務の間にこうして彼女は嫌味を言いに来ていたし、今更だけどね。
「閨を続けても私にもマルティディア様にも子供ができない。もしかして……」
私は思っていたことを口にすると、マルティディア様は焦ったように扇子を閉じた。
「シャリア様、それ以上口にしてはいけないわ」
彼女は視線をずらし、私は意図を察する。
「そうですね。失言でした」
「ええ、理解が早くて嬉しいわ」
この日からマルティディア様と多少は仲良くなったのかもしれない。




