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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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熱鉄を飲む

 

 宿を飛び出したユルグは、街の雑踏の中に佇んでいた。


 後先考えずに出てきたが、剣も荷物も部屋に置いてきたままだ。どこにも行く当てもなく、かといって戻る気にもなれない。


 ふらふらと覚束ない足取りで人波に逆らって進むたびに、向かってくる人影にぶつかって怪訝な顔をされる。しかし、それを気にしている余裕は今のユルグにはなかった。



 あの話を聞いて今もまだ混乱しているのは確かだ。色々な感情がごっちゃになって整理がつかない。

 しかし、そんな状態でも真っ先に思い浮かぶのはミアのことであった。


 ――彼女がこの事を知ったら、どう思うだろうか。



 この先、勇者の使命を全うして魔王を倒したとしても、今度は魔王として新たに世界を救う旅が始まる。

 その果てにあるものは、確実な死だ。それも世界を破滅に導く邪悪なもの、倒すべき存在として新たな勇者に屠られる。


 ユルグが勇者となる前に望んでいた普通の生活など叶わない。



 死ぬことに関しては、それほど憤ってはいない。最初からその覚悟は出来ていたし、今もそれが揺るぐことなどない。

 けれど、ミアはユルグの目的を知らないのだ。もしかしたら、薄々は感づいているのかもしれないが、全てを諦めて絶望はしていない。まだ説得は出来るのだと希望を持っている。

 そんな彼女に、あの真実を告げるというのは酷な事である。


 ――絶対に、この事は知られてはいけない。


 いずれ、打ち明けなければならない時は来るだろう。けれどそれは何も今でなくても良いはずだ。


 だからこの絶望も憎悪も、すべてしまっておかなくてはならない。

 苦しむのは自分だけで良い。道連れなど、そんなものはこれっぽっちも望んじゃいないのだから。


「――あ、ユルグ」


 不意に聞こえた声に顔を上げると、前方にミアとフィノがこちらに向かってくるのが見えた。

 それを目にした瞬間、この場から逃げ出したい衝動に駆られたがなんとかそれを堪えて踏みとどまる。不審な行動を取れば余計に怪しまれてしまう。特にフィノはユルグに関して、異常なほどに目聡いから気をつけなければ。


「どうしたの? さっきは一緒に行こうって誘っても来なかったのに」

「……少し気分転換しようと思って」

「んー? 怪しい……さては、またアリアと喧嘩したんでしょ!」

「まあ、そんなところだな」


 詰め寄ってくるミアにどう答えようか悩んで、取りあえず頷くことにした。先の話では交渉は決裂したし、ミアの予想も間違ってはいない。むしろこの勘違いは後腐れがなくて都合が良い。


「ダメじゃない。ちゃんと仲直りしてって、さっき言ったよね」

「努力はしたんだ」

「……ほんとうかなあ」


 ミアからの疑いの眼差しは消えることはない。

 助けを求めようと傍らのフィノへと目を向けると、彼女は屋台で買った菓子を美味そうに頬張っていた。

 粉ものを薄焼きにして、それに果物やクリームなんかを包んだもの。甘味をあまり好まないユルグにとっては見ているだけで胸焼けしそうではあるが、甘い菓子の類いを初めて食べたのだろう。さっきからフィノの笑顔は途絶えることがない。


「んぅ、たべる?」

「い、いや。俺はいいよ」

「えー、おいしいのに」

「ユルグは甘いもの、あまり好きじゃないのよ」


 代わりに先ほど買ったであろう焼きたてのパンを差し出してくる。


「これ、すっごく美味しいんだから!」

「俺は良いよ」

「でも朝から何も食べてないでしょ? ちゃんと食べないと倒れちゃう」

「……食欲がないんだ」


 こればかりは嘘偽りのない真実だった。

 いま無理にでも食べてしまえば吐き戻してしまう気がする。それでは、せっかく買ってきてくれたミアにも申し訳ない。


「そうなの? ……言われてみれば、少し顔色悪い気がするかも」

「別にそんなに心配するほどのことでもないよ。少し休んでいれば大丈夫だから」


 苦笑と共に成された返答に、ミアは疑惑の目を向けてくる。彼女の態度からユルグの言葉を信じていない事は明白だった。

 その証拠に、菓子を食べ終えたフィノにコソコソと耳打ちをする。


「ねえ、あれどう思う?」

「んぅ……うそのにおいがするね」


 フィノ曰く、お師匠の物言いが柔らかなときは要注意だ、とのこと。


 なんだそれはと一瞬思ったが、彼女の指摘も間違いではないような気もする。何かを隠したいときは事を荒立てない方が上手くいくのだ。その傾向が無意識に出ているのかもしれない。


 というか、この二人はいつの間にこんなに仲良くなったのだろうか。


 帝都を出てヴァレンに着くまでの間、ミアは宣言通りフィノの世話を焼いていた。

 日中は歩きっぱなしだが、夕刻を過ぎれば野営の準備に入る。そこから夜が明けるまでは各々が自由に時間を使える訳だが、その時間を利用して座学に励んでいたのだ。今ではユルグが以前渡した魔法書を一人で全て読めるまでに学がついていた。


 これはひとえに、ミアの教え方が上手いからだろう。ある程度読み書きを覚えたからと、今は発話の練習をしているらしい。

 迷いの森で会った頃と比べると格段に聞き取り易くはなったがまだ粗は目立つ。読み書きほど一朝一夕とは行かないだろうが、フィノの覚えは良いからこれもそれほど時間は掛からなそうだ。


「……やっぱり。フィノもそう思うよね」

「んぅ、わかりやすいもん」

「聞こえてるぞ」


 会話に横槍を入れると、心配そうにこちらを見つめる眼差しと目が合った。


「具合が悪いなら宿に戻る?」

「いや、まだいい」


 まだ心の整理もついていないし、しばらく独りになりたいのだ。こんな状態では戻れない。

 ユルグの否定に、ミアはじっとこちらの顔を凝視した。その眼差しに絶えきれなくなって目を逸らしたところで、


「わかった。じゃあ、私も付き合おうかな」

「……え? いや、俺は」


 強引にユルグの左手を取ったミアは、そのまま腕を組んで密着してきた。

 いつになく積極的な様子に珍しいと思いながらも、独りになりたかったユルグにとっては喜ばしくない事態である。


 アイコンタクトでフィノに助けを求めるが、彼女の反応はこれまた予想に反したものだった。


「それじゃあ、さきにかえってるね」


 憑き物が落ちたかのようにあっさりと身を引いたフィノに、ユルグは度肝を抜かれた。

 いつもの彼女ならば、自分もと抱きついてくることが当たり前だった。けれど、そんな素振りなど一つも見せず、フィノはあっという間に人波の中へと消えていく。




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