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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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対立

 

 帝都を出て次の街、ヴァレンへの日程は当初の予想よりも一日遅れで進んでいった。

 しかし、このくらいならば想定内である。旅というものは総じて予定通りとはいかないもの。


 初日の襲撃以外に大きな事件もなく、街道を通っているからか魔物の襲撃もなく。

 長旅を経てヴァレンの街へと辿り着いた一行は、数日街へと留まることになった。


 ユルグとしては補給が済み次第すぐさま旅立ちたかったが、それは許さないと言わんばかりに方々から意見が飛び交う。

 ふかふかのベッドで寝たいだとか、美味い料理を食べたいだとか。一日だけでも良いから羽を伸ばしたい。そんな要望が聞こえてしまったら無視をするわけにもいかない。

 仲間と旅をしていたときも息抜きは大事だということは骨身に染みていたから、これにはユルグも強く反対はしなかった。


 ――しかし、こればかりは別である。



「俺は絶対に嫌だからな」


 頑としたユルグの態度に、彼の周囲を取り囲む女性陣からは痛いほどの視線が向けられる。先の一言で大幅なイメージダウンは免れないが、そんなのは今更である。痛くも痒くもない。


「そんなこと言わないで助けてあげたら良いじゃない」

「困っている人が居たら手を差し伸べてあげるのが慈悲というものですよ」

「勇者様は懐が狭いのですね」


 三者三様の責め句に、ユルグは顔を顰めて口を閉ざした。


 彼女たちは皆、分かっていないのだ。ユルグがどれだけ、この偽善じみた人助けを嫌っているかを。


 この一年間、名前を覚える気もなかった新しい仲間との旅だって、それが原因で対立していた。

 人助けなどこりごりなのだ。それが勇者だからと箔を付けて大仰にもてはやされるのなら尚更の事である。


 フィノはそんな様相をユルグの隣でじっと眺めていた。この一連の流れに加わらないのは有り難いことであるが、味方が一人増えたからといってこの状況が変わることはない。


「何を言われたって俺の考えは変わらない。そもそも、そんなに助けて欲しいなら冒険者ギルドに依頼すれば良い話だろう」


 ユルグの文句に、街の入り口で助けを求めてきた少女は俯いて閉口する。

 意地の悪い詰問である。それが出来ないから、こうして助けを求めているのだ。


「……うちには、依頼料を払えるお金がなくて」

「だろうな」


 冒険者ギルドに張り出される依頼は千差万別である。魔物の討伐から果てにはお使いまで。報酬がもらえるならどんな仕事でも請け負ってくれる。

 しかしそれは、依頼料を払って正当な手続きを踏んだ物のみだ。


 この少女のように依頼料が払えないからと泣き寝入りして途方に暮れる人間は、少なからず存在する。



 ユルグが仲間たちと旅をしていた時は、そういった困っている人達の手助けも行っていた。


 加えて、魔王がいそうな場所――異様に手強い魔物が潜んでいる場所は、冒険者ギルドの依頼には上がってこない。

 そういった魔物に対しての討伐依頼は、個人の依頼ではなく街での依頼となる。そこには大金が絡んでくる事になるのだが、そこまでの金を払って確実に討伐できるという保証はどこにもない。

 冒険者には実力に見合った依頼を受ける自由があり、彼我の実力差を読み間違えれば命を落としかねないのだ。それ故に、依頼受注も慎重になる。


 ――結果、どうしようもなくなった厄介ごとを、勇者様ならなんとかしてくれると押しつけられてしまうのだ。



 昔ならばユルグも手を差し伸べていただろう。けれど、今となっては微塵もそんな気にはならない。

 自分に関係のない人間が困っていようが、どうだって良いのだ。


「森に生えている薬草を採ってくるだけなのですから、代わりに行ってあげても良いのではないですか?」

「別にそれは俺じゃなくても良いだろ。そんなに助けてあげたいならお前が行けば良い」


 再三の説得を突っぱねると、アリアンネは「わかりました」と答えた。


「わたくしが薬草を採ってきます」

「……い、いいの?」

「もちろんです! 薬草は必ず届けるので、お家で待っていてください」


 胸を張って宣言したアリアンネに、少女は安堵の息を吐いた。ありがとうと礼を述べて頭を下げると、少女は一行の前から去って行く。


 しかし、この結果に難色を示している人物が一人。


「お嬢様、それは承服しかねます」


 声を上げたのはティナだった。

 彼女の気持ちを思えば、魔物が出る森の中に入ると言っている主人を止めるのは当たり前である。


「何もお嬢様が危険を冒さなくとも良いのでは?」

「しかし、わたくし以外に適任はいませんよ」


 ティナとミアでは、魔物が出現する森の中に入るのは自殺行為である。

 ユルグはいわずもがな、非協力的な態度を取っている。


 先ほどから状況を静観していたフィノの意見はどっちでもいい、であった。


「それってかならずしなくちゃいけないの?」

「そうですね……強制ではないですし、必ず助けてあげなくてはいけない、ということもありません」


 フィノの疑問に、アリアンネは自らの意見を強要はしなかった。あくまで自分の判断、こうしたいという心に従うのだと――なんとも有り難いご高説である。


「ティナ。わたくしなら大丈夫ですよ。マモンも居ますから!」

「……っ、わかりました」


 アリアンネの言葉に、ティナは重苦しく頷いた。

 彼女から向けられる眼差しに辟易しながら、ユルグは深く息を吐き出す。


「余計な事に首を突っ込むのはこれっきりにしてくれ」

「……余計な事? あれのどこが余計なのですか?」

「困っているからと言って誰彼構わず助けてはいられないだろ」

「だから手を差し伸べるのです。手が届く距離に助けを求めている人が居るなら、そうするべきではないのですか?」


 二人の意見は相反するものだった。


 この瞬間、ユルグは否応なしに理解してしまう。どうあっても、彼女とは相容れないのだと。

 アリアンネの考えは、ユルグにとって許容出来るものではない。対してユルグの考えも、アリアンネには許容出来ないものだった。


「俺とは真逆の考え方みたいだな」

「そのようですね」


 いつも穏和なアリアンネの声音が、怒りを押し殺したかのように低くなっている。

 それだけユルグの態度が気に障ったのだろう。しかし、だからといって改める気などこれっぽっちもない。


「時間が惜しいので、わたくしはこれで」

「――っ、お嬢様!」


 踵を返すと、アリアンネは足早に去って行った。それを追いかけてティナも彼女に着いていく。


 この場に残されたのは、ミアとフィノ。それとユーリンデだけである。


「アリアの怒ってるところ、初めて見たなあ。……ねえ、ユルグ」

「俺は謝らないからな」

「でも」

「別に謝罪するようなことは言ってない」


 頑としたユルグの態度に、ミアは嘆息した。


 どちらが正しいのか。白黒付けることなど出来ない。

 アリアンネの困っている人が居るなら助けたいという意見も理解出来る。

 ユルグの考えも、彼の今までを思えば間違いだとは否定できない。


 安易に答えは出せない。けれど、二人には仲良くして欲しい。それがミアの想いである。


 けれど、このぶんでは二人の関係を修復するのは至難の業だ。第三者が介入して良い方向に向かうとは思えない。


「……どうするかなあ」


 今後の修羅場を想い、ミアは再度溜息を吐き出すのだった。




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