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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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先代

 

 監督をマモンに任せて、ユルグは近場にある池へと向かう。


 先ほどの戦闘で浴びてしまった血飛沫を洗い流そうという魂胆だ。荷馬車に積んでいる水は飲料として使うものだし、まだ次の街への道行きも半分も来ていない。節約するに超した事はない。


 しかし、水浴びをしようと目論んでいたユルグの前に先客が居たようだ。


「勇者様ですか。どうされました?」

「身体を洗いに来たんだ。流石にこんな格好じゃ飯食ってる時に文句を言われそうだからな」

「確かに、仰る通りですね」


 世辞もない素直な物言いに苦笑する。

 どうやらティナは水を汲みに来たらしい。傍に鍋が二つ置いてある。


「それ一人じゃ持って行けないだろ。手伝うよ。洗い終えるまで少し待っててくれ」

「……それならお言葉に甘えて。せっかくなので私もお手伝いいたします」


 言うが早いかティナはユルグの羽織っていた外套を奪い取ると、わしわしと洗い始めた。呆気に取られながら、それに倣って服を脱いでもみ洗いをする。

 上半身裸になったところで、はっとして隣を見るがティナは特に気にする素振りもなく一心不乱に洗濯に勤しんでいた。

 やってしまったと一瞬ひやりとしたが、特に何も言われないのでこのまましばらく洗濯物と格闘していると、不意にティナが話しかけてきた。


「勇者様、先ほどは申し訳ございませんでした」


 いきなりの謝罪に、驚いて顔を上げる。

 ティナは手を止めることなく、再度謝意を述べた。


「私のせいでとんだご迷惑を」

「――待ってくれ。どうして謝るんだ?」


 咄嗟に洗濯の手を止めて問うと、ティナの言い分はこういうことだった。


 先ほどの野盗の襲撃は、荷馬車を買い付けた奴隷商店から差し向けられたものであること。その原因がおそらく自分にあって、今回の襲撃は最初から仕組まれていたものであったこと。


 ティナの謝罪はこの二つについてであった。


「だとしても悪いのはあのクズ共だ。何も詫びることなんてないだろ」

「いいえ、私があの男の反感を買ったのも一因なので、多少なりとも私にも非はあるのです」


 ティナの説明によれば、彼女は元々荷馬車を買い付けに行った奴隷商店の奴隷だったらしい。

 それについては特に驚きもしなかった。ユルグの祖国以外では奴隷など珍しくもないものである。

 ユルグが気になったのは、それ以外の部分だ。


「元奴隷だったのなら、どうして城勤めなんか始めたんだ?」


 普通の奴隷ならともかく、ティナはハーフエルフである。それがどんな扱いを受けているのかはユルグも知るところであり、実際に彼女らがこの国で稼ぎを出すのは難しい。


「それは……元々私は弟の付き添いだったのです」

姉弟(きょうだい)がいるのか」

「ええ、もういませんけれど」


 素っ気なく、ティナは言い放った。家族ならば思うところはあるだろうに、その言葉には一切の感情が籠もっていない。姉弟(きょうだい)仲はそれほど良くはなかったのだろうか。


 ティナの態度に不思議がっていると、彼女は一瞬、ユルグを見て何を言うでもなく目を逸らした。


「……ですので、お嬢様のご厚意によって今の私があるのです」


 彼女の口ぶりから、奴隷商店から姉弟(きょうだい)を買い取ったのは、アリアンネであるのだろう。

 しかし、おかしな話である。城の使用人を欲して奴隷を買い付けるのなら、わざわざハーフエルフなど選ぶだろうか。ただの労働力ならいざ知らず、皇帝の居城で働くのなら候補にも選ばれない。


 だとしたら、もっと特別な理由があって彼女たちは買われたと見るべきである。


「奴隷商から買い取られたのはいつの話だ?」

「そうですね……八年前でしょうか」


 随分昔の話だ。けれど、条件だけを見ればあり得ない話でもない。


 ユルグの仮定は、ティナの弟は先代の勇者なのではないかということであった。

 先代の話は噂でしか聞いたことはない。アルディア出身で、歳も勇者の神託を受けたユルグと同じであった。しかし、種族はエルフであると聞いている。


 ティナは姉弟(きょうだい)と言っていたから、弟の方もハーフエルフであるのだろう。だとすると、やはり噛み合わない。


「それがどうかしたのですか?」

「……いいや、なんでもない」


 気にはなるが考えすぎだろう。

 彼女たちを買い取ったのだって、アリアンネの純粋な厚意から。そう考えるのが自然に思える。

 それに仮に彼女の弟が勇者であったとしても、既にこの世には居ないのだ。知れたところで今更である。


「そろそろ戻ろう」

「そうですね」


 固く絞った服を着込んでティナから外套を受け取ると、水の入った鍋を抱えて野営地へと戻るのだった。




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