野営準備
埋葬を終えると、手早く支度を終えて一行は旅路を進めた。
二時間ほど進んだ所で、空の彼方に茜色が差し始める。
「陽も落ちてきましたので、本日はここまでと致しましょう」
ティナの号令で、今日の日程はここまで。街道脇に荷馬車を止めて、野営をする事となった。
役割分担は以下の通り。
ミアとティナは夕飯の準備。
フィノは馬の世話。
ユルグは野営に際しての諸々の準備。
そして――
「お嬢様は何もしなくて結構です」
「ど、どうしてですか!?」
ティナの発言に、アリアンネは猛反発した。
「わたくしも料理の手伝いはできます!」
「そう言われましてもお嬢様、昔は料理などまったく出来なかったではありませんか」
「それは昔の話です! 今ではバッチリですから!」
胸を張った彼女はミアに目配せをする。
それを受けて、どう答えたら良いのか。ミアは困り果てた。
アリアンネと共にアルディアまで旅をしてきたミアであるが、お世辞にも彼女の料理スキルは高いとは言えない。
何を焼くにしても火力が強すぎてあっという間に焦がしてしまうし、あれではとても食べられたものではないのだ。ここで了承してしまえば全員からブーイングの嵐を受ける事だって考えられる。それでは幾ら何でも彼女が可哀想である。
「アリアは料理、しない方が良いんじゃないかなあ」
「……っ、それじゃあ、馬の世話は?」
「それも今まで一度もしたことが無いのでは?」
「動物の世話ならマモンで慣れています!」
『己は動物ではないし、そもそも飲食の必要はない』
「余計な事は言わないで下さい!」
『……っ、もご』
慌ててアリアンネはマモンの口を閉じる。しかし、苦しい言い訳であることは否めない。
「……お嬢様、我儘を言わずに大人しくしていてください」
ティナの二の句も告げぬ態度に、アリアンネは押し黙った。
『これは何も出来ぬ箱入りだと思われとるな』
「それはとても心外です!」
けれど、本人はまだ諦める気は無いのだろう。
それを見かねたミアが、あることを提案する。
「アリア、あれなら得意じゃない? ほら、魔法で罠を張るやつ」
「なるほど、その手がありましたね」
気を取り直したアリアンネは、すぐさま離れた場所で野営の準備に取りかかっていたユルグの元へと向かった。
「――というわけで、わたくしもお手伝いします」
「……え?」
いきなり目の前に現れたアリアンネの発言に、ユルグは作業の手を止めて固まった。
今しがた三人で何やら話しているのを小耳に挟んでいたのだが、まさかこちらに飛び火してくるとは。
予想外の展開に、どう対処するのが正解なのか。思考している間にも勝手に話は進んでいく。
「野営の準備をすればいいのですね。任せて下さい」
「任せてくれって……何をするつもりなんだ?」
「魔法で罠を張って、魔物や野盗の襲撃に備えるつもりです」
「ああ、なるほどな」
アリアンネの手法はユルグも知るものだった。実際、一般の冒険者パーティでも野営時にこの方法を取る場合はある。
けれど――
「俺はその方法はあまり好んで使わない」
「……そうなのですか?」
「罠に獲物が掛かると即撃退出来るから一人旅では重宝するんだが、こうして大勢で野営する場合はメリットよりもデメリットの方が大きいんだ」
魔法で罠を仕掛ける場合、痕跡が目につきにくい。目印をしっかりと付けていても、誰かが誤って踏み抜いて誤爆するという事も有り得る。
それと罠に獲物が掛かった場合、爆発音で余計なものまで引き寄せてしまう恐れがあるのだ。
野生動物や魔物であればそれによって威嚇出来るだろうが、人間相手ではこちらの居場所を明かしているのと同じことである。
総じて、今の状況では魔法による罠を使用するのは不向きである。
「――というわけだ」
「……そうですか」
せっかく役に立つチャンスだと張り切っていたのだろう。誰が見ても分かる落ち込みように、別の意味で扱いにくいと思わざるを得ない。
「落ち込むのはまだ早いぞ。やってもらうことはあるんだ」
「はい! なんでしょう?」
「木の板に木片を括り付けて鳴子を作って、それを周囲に張り巡らせる。これの準備が地味に大変なんだ」
「任せてください!」
ユルグの指南に、アリアンネは意気込んで作業を始めた。




