風変わりな問答
了承すると、ミアは荷台からスコップを取り出して街道脇にある木陰の方へと向かっていった。
息絶えた骸を運ぶのは流石に任せられないので、これはユルグの仕事である。
「これ、ぜんぶしんでるの?」
死体を運んでいると、フィノが後方の様子を見に来た。
何か言いたげな彼女の様子に、なぜか自然とユルグは口を開いていた。
「俺がやったんだよ」
誤魔化しようのない事実を述べるとフィノは、「ふーん」とさして興味も無さそうに相づちを打つ。
もしかしたらミアのように何かしら言われるかもと身構えていたユルグにとって、これは少しだけ予想を裏切られる結果となった。
「……驚かないんだな」
「んぅ、すこしびっくりしてるよ」
「勇者が人殺しなんてしたら、そりゃあ驚きもするか」
脳裏に浮かぶのは、先ほどの男の台詞。
――人々を助け、平和に導くはずの勇者が人殺しをするのか。
おそらく誰しもが思うことである。
馬鹿らしい考えだとは思うが、逆の立場ならユルグだってそう思っていたはずだ。
けれど、だからってそんな戯れ言に従ってやる道理などないのだ。
「……なんで?」
「――え?」
「フィノ、そんなこといってないよ」
唐突な否定の言葉に、ユルグは目を見開いて固まった。フィノの答えはまったく予期していない返答だったのだ。
「びっくりしてたのは、ひとがしんでたから」
何の捻りも無い、当たり前の事を彼女は口にする。
「ゆうしゃって、ひとをころしちゃダメなの?」
真っ直ぐな問いかけに、ユルグは咄嗟に答えられなかった。
先ほど男に言われたときは、そんな勝手な決めつけなどあってたまるかと、反発してああ言ったが、フィノの純粋な疑問に対してどう答えれば良いのか。
勇者に限らず、人を殺める事は悪である。やるべき事では無い。けれど、フィノが今聞いていることはそれではないのだ。
良いことだとか悪いことだとか。そういうのを度外視して、なぜ勇者だからと言って殺人が許されないのか。それを聞いている。
「……そうだな。皆がそうであることを望んでいるからじゃないか? ……馬鹿馬鹿しい話だよ」
「ふぅん……へんなの」
フィノはユルグの答えに納得していないようだった。けれど、それ以上は何も言わずに前方の死体処理の手伝いに駆り出されていく。
彼女のおかしな言動に困惑するが、そういえばフィノは元からこうだった。彼女は勇者であるユルグには何も求めていない。その事さえもどうでも良いといった様子なのだ。
「変なのはお前だろ」
去って行く後ろ姿に、誰にも聞かれることの無い呟きをもらす。気づけば先ほどまで感じていた苛立ちが消えていた。
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「う~ん、難しい事を聞きますねえ」
アリアンネはフィノの質問に腕を組んで考え込む。
どうしても納得できなかったフィノは、彼女に再度同じことを尋ねていた。
「どうしてかと問われるとそういうものであるから、としか言えませんね」
しかし、アリアンネの答えもフィノの疑問を解消できるものではなかった。
「……アリアでもわからないんだ」
「おそらく、誰に聞いても貴女の納得の出来る答えは返ってこないと思いますよ」
彼女の返答は、これ以上考えることは無駄であると言外に告げていた。
それでも気になってしまうのは、今までユルグと一緒に旅をしてきて身近で見てきたからだろう。
ユルグは、勇者であるということに苦しんでいるのだ。それと同時に、変えることの出来ないそれに固執しているようにも見える。
だからだろうか。フィノが当たり前と思われている、勇者であることについて否定的な意見を告げると、いつも彼は驚いたような態度を見せる。今だってそうだった。
だから、それらの答えを知れれば少しはユルグも楽になるのではないか。そう思ったのだが、上手くはいかないみたいだ。
「でも、そうですね……魔王ならば、フィノの疑問に答えられるかもしれませんね」
「……まおう?」
「魔王はエルフよりも長く生きていると言われているので、彼に会う事があったのなら聞いてみると良いかもしれませんね。ね、マモン?」
『……そうだな』
アリアンネの足元に座っていたマモンが相づちを打つ。
「――フィノ、死体を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「うん」
長話をしているところにティナからのお呼びが掛かり、アリアンネに「ありがとう」と礼を告げて、作業に戻る。
眼下には黒焦げの人間だったものが二体転がっていた。触れたら今にも崩れてきてしまいそうなほどだ。
ここまでしたのはフィノの仕業では無い。こんなに強力な炎魔法はまだ扱えないし、おそらくフィノには人殺しなど出来なかったと思う。
ユルグと旅をしている時は、必要に迫られたら人殺しだって出来ると思っていた。けれど、今とあの時とでは状況も違う。実際に目の当たりにして実感してしまった。魔物や動物の命を奪うのとは後味の悪さが段違いなのだ。
けれど、それをアリアンネは容易くやってのけた。
荷馬車を襲ってきた野盗に対して、問答無用で焼き殺したのだ。ユルグだってそうであったのだろう。
その選択を非難出来る立場にはいない。あそこで殺していなければ逆に殺されていたかも知れない。正しい事だったかと問われると答えに困るが、間違いでもなかったはずだ。
「先ほど、お嬢様と話されていたでしょう」
「ん、んぅ」
「変わりありませんでしたか?」
じっと黒焦げの死体を眺めていると、ティナが尋ねてきた。
「うん、ふつうだったよ」
「……そうですか」
フィノの答えにティナは表情を陰らせた。
どうしてそんな顔をするのか。疑問に思っていると、
「私の知るお嬢様は、あのようなことは致しません」
「そうなの?」
「いえ、もしかしたら私が知らなかっただけかもしれませんね」
「……ティナ、かなしいの?」
「たぶん、そうなのでしょう。……でも、お嬢様が人を殺めてしまった事にではありません。それを躊躇無く出来てしまう事に哀しくなるのです」
ティナの言っていることは、フィノにはよく分からなかった。
言葉もなく黙っていると、彼女は続ける。
「他人を殺めることが出来るのは、どこか人として壊れていなければ出来ません。だから、人殺しなど出来ない方が幸せなのだと、そう思います」
――さあ、運びましょう。
ティナは会話を締めくくると、丸焦げの死体を持ち上げた。それに倣って、フィノももう一体を担ぎ上げる。
――人殺しは、どこか人として壊れてなければ出来ない。
その言葉を聞いて、脳裏に浮かぶのはユルグの顔だった。
「……むり、してないといいけど」
こんなお節介を焼いても、ユルグは面倒だとあしらうだけだろう。
それは承知の事だが、それでもフィノの想いは変わらないのだった。




