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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第六章
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人殺しの資格

 

 ユルグの戦い方は酷く特殊である。


 初対面で相対する敵は必ずと言って良いほどに、彼を近接攻撃しか出来ない戦士職の人間であると勘違いをする。

 仮に戦闘中に何かしらの魔法を使っても、後衛職が場違いに剣なんか握っていると(あざけ)りが生まれるのだ。


 一般的に魔術師や神官である彼らの戦い方は後方支援に尽きる。それ故に固定概念でそう断じてしまうのである。


 まずそこで、一つ目の隙が生まれる。


 しかし、ユルグを勇者だと知っていたとしても、彼の戦闘スタイルは異質である。

 師であるカルラのアドバイスもあり、ユルグは戦闘に魔鉱石を用いる。これが自分の(しょう)に合った戦い方なのだ。

 これだけでもだいぶトリッキーな戦法になるのだが、それに加えて魔鉱石に込められた魔法が放出されるまで、何の魔法を用いたのか。それが敵には分からないのである。


 勇者であるからどんな魔法でも扱える。その手管の多さが相手の判断を限界まで鈍らせてしまう。


 それが二つ目の隙だ。


 そして、三つ目が――


 彼が戦闘に魔鉱石を用いるのは、本職の魔術師や神官と比べて魔法の扱いに劣るため、それを補うためだ。

 前衛にて剣を振るうため、その最中に魔法を使用するのは困難である。それ故に魔鉱石を、魔法を溜めておける器として活用しているのだ。


 しかし、それ以外にも利点がある。

 それは、魔法の射程をある程度自由に変えられるということ。


 攻撃魔法なら遠距離から敵に食らわせることになるので、それほど恩恵はない。しかし、神官が扱う補助魔法。これには明確な射程距離というものが存在するのだ。


 回復魔法ならば相手に触れてなければ効力がない。

 それ以外の補助魔法――例えば〈プロテクション〉は自身の半径二メートル以内の距離でしか発動できない。

 敵の攻撃を防ぐ上では非常に有用なのだが、万能ではない。むしろ使い勝手が悪いのである。


 けれど、魔鉱石を用いればそのデメリットを帳消しに出来るのだ。



 それらを念頭に置いて、ユルグが戦闘で重きを置いているのはどうやって相手の隙を作るか。

 特に人間相手ならばこれは格段に困難を極める。


 野生に潜んでいる獣でも同じ手を使おうものなら、こちらを警戒して及び腰になる。言わずもがな、人間相手では一度使った手は二度は食らわない。故に初見で、一撃で無力化出来る秘策が無ければならない。


 だから、一番始末に難儀するであろう大男に仕込みを施したのである。




 ――ユルグが放った魔鉱石を、男は何の疑いも無く大剣で弾く。

 その瞬間――込められていた魔法が放たれて、生み出された眩い光が男の視界を白く焼いた。


 ユルグが魔鉱石に込めた魔法は、光を生み出す魔法――〈ホーリーライト〉である。


 確実に相手の隙を作れる手段だ。しかし、魔鉱石の性質上敵に当てなければ魔法は発動しない。投擲した魔鉱石が避けられては意味が無いのだ。

 だから意図的に油断を誘った。今までの仕込みはすべてこの為のものである。


 もちろん、一度食らったのなら二度目は成功しない。幾ら相手が突撃しかしてこない馬鹿だとしてもこんな手に何度も引っかかる間抜けではないはずだ。

 慎重に事を運んで、その努力はいま実を結んだのである。


「グッ――っ、テメェ! 何しやがった!」


 視界が潰され身動きが取れない男を前に、ユルグは問答無用で胴に蹴りを入れた。

 バランスを崩した敵はそのまま地面に背を付けて倒れる。

 すかさず大剣を握っていた右腕を踏み込んで押さえつけると、左手に剣を突き刺す。地面に縫い付けるように固定すると、そこでユルグは口上を述べた。


「お前は殺さない。尻尾捲って主人の元に帰ると良い。もしまた俺の前に現れたら……どうなるか分かるよな?」

「……っ、なにモンだよ、お前」


 痛みを堪えながら、男は切れ切れに言葉を紡ぐ。

 それを無視して前方の救援に向かおうとしたユルグだったが、それよりも先に「ぶちのめす」と意気込んで敵の対処に当たっていたアリアンネが、荷馬車の後方へと戻ってきた。


「――勇者様。こちらは抜かりなく終わりましたよ」

「もう終わったのか?」

「ええ、こんなの朝飯前です! もしかして生かしておいた方が良かったですか?」

「いいや、問題ない」


 どうやらアリアンネについては心配するほどでもなかったらしい。彼女が居てくれるなら、今回のような二手に分かれての襲撃も対処が容易い。


 微かに漂ってくる焦げ臭さは、炎魔法でも使用したのだろう。あれでぶちのめしたのなら、前方の襲撃者たちは丸焦げが良いところである。

 ユルグも容赦なく手に掛けたが、焼死よりは良い死に方と言わざるを得ない。


「ゆ、勇者だと!? ふ、ふざけんな! 勇者が人殺しなんかして、許されると思ってんのか!?」


 殺さないと断じたからか。男は威勢の良い啖呵を切る。

 呆れた物言いに、ユルグは笑いだしそうになった。ここまで馬鹿らしい決めつけもなかなか無い。


「襲ってきてよく言うよ。勇者が人殺しをしちゃいけないなんて誰が決めたんだ? 少なくとも、あんたらみたいな人間を守る義務なんて俺には無いんだよ」


 吐き捨てるように告げて、ユルグは剣を引き抜いた。


「死にたくなかったらさっさと俺の前から消え失せろ」


 その言葉で、男は何を言うでもなく去って行った。抵抗を示すかと思ったが相手もそこまで馬鹿では無いらしい。


 ともあれ、最悪の状況は乗り切ったわけだ。



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