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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第四章
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どうでもいいこと

 

 ある程度やり方を教えて、フィノにナイフを握らせるとユルグは洞穴へと向かった。中には先ほどユルグが仕留めた幼体がある。

 あれも解体しておこう。そう考えて、腰に差していた短刀を引き抜いた時だった。


「ユルグ――ちょっと」


 背後から声が聞こえて、気づくとフィノがユルグの隣へと来ていた。


「んぅ、これなに?」

「子供がいたんだ」

「……そうなんだ。ユルグがやったの?」

「ああ」


 答えると、フィノはじっと亡骸を見つめた。


「フィノたちがこなかったら、まだいきてたのかなあ」

「そうだろうな」


 無難な受け答えをして、ユルグは近付こうと足を浮かせた。

 けれど――それが叶うことは無かった。


「俺が見つけた時は、こいつら寝ていたんだよ」


 既に死に絶えた骸を見つめながら、ユルグは呟いた。それに隣にいたフィノが物言いたげに見つめてくる。


「襲ってくることもなかった。本当なら殺さなくても良かったんだ」

「……なんで?」

「邪魔されたら面倒だったから……っていうのは、言い訳にしかならないな」


 危害を加えてこないなら邪魔をする云々は関係ないのだ。真を突き詰めると、ユルグがこれらを殺す確たる理由なんてどこを探しても見つからない。

 だから、フィノの問いの答えがすぐに浮かばなかった。


「……可哀想だと思うか?」

「んぅ、すこし」

「そうだな。俺もそう答えたんだ。可哀想だけど、仕方ないって。そう思ってたんだよ。でも考えてもみろよ。可哀想だと本当に思っていたら、こいつらは俺に殺されてなんかいないんだ」


 昔のユルグならば、害が無いのなら放っていた。むやみやたらに命は奪うべきではないし、そうしろと言う者たちもユルグの傍には居なかった。

 エルリレオだって、命は平等だと言っていたけれど、だとしても必要以上に害することはないとも語っていた。


 そのこと自体に関心が無くなってしまったのは、ユルグがそれをどうでもいいと思っているからだ。


「お前の時だって同じだよ。本気で可哀想だと思っていたら、囮にされる前に俺はお前を助けていた。でもそうしなかったんだ。どうでも良かったんだよ。お前のことなんて」

「……しってる」


 八つ当たりのようなユルグの言葉に、フィノは小さく呟いた。


 フィノはユルグのことをあまり良く知らない。勇者ということは知っているが、それだけだ。彼が今までどんな人生を歩んできたのかも、誰と一緒だったのかも。知らないことだらけだ。

 けれどたまに吐き出す、冷たい言葉通りの人間だとは、フィノは思えなかった。


 過去に何があったのか。それをユルグがフィノに話すことはないのだろう。フィノも聞こうとは思っていない。けれど、鈍いフィノでもユルグのひととなりを見て、どういう人間なのかは少しだけ分かってきていた。


 本当は、とても優しい人なのだ。


 けれど、それを伝えてもユルグには届かない事もまた、フィノは知っている。だから、その言葉は飲み込んで、腹の底にしまっておくことにした。


「どっちも、かわいそうだね」


 代わりに口に出した言葉に、ユルグは目を見張った。


「……かわいそう?」


 ――それは、誰のことだ。


 どうしても、それだけは聞けなかった。聞いてしまったら、突きつけられてしまったら。何かが取り返しの付かないことになるような気がしたのだ。


 けれど、フィノはそんなことはお構いなしに答える。


「ユルグ、かわいそうだよ」

「……なん、だそれ。同情でもしてるっていうのか? はっ、じゃあお前が俺の事を慰めてくれるのか」

「してほしいの?」


 窺うような視線に、息が詰まった。ふつふつと湧き上がる怒りに奥歯を噛みしめて必死に堪える。


「ふざけるなよ。そんなの――」

「しないよ」


 ユルグの言葉を遮って、フィノは続ける。


「ユルグは、そういうのいらないでしょ。フィノのこと、どうでもいいって、いったもんね」


 少しだけ哀しそうに目を伏せて、フィノは言った。


「そうだ……そうだよ。俺は、お前のことなんかどうだって良いんだ。……こんな場所で、何やってんだろうな」


 思えば、ユルグ一人なら帝都までの馬車代は工面出来るのだ。フィノの事をどうでも良いと切り捨てるのなら。

 本来ならそうするべきなのだ。


「そうだよ。俺がすべきことは、こんなことじゃないだろ」

「……ユルグ?」


 成り立たない会話に、フィノが不安げな面持ちでユルグを見遣る。

 それをぼんやりと見返して、ユルグは誰にともなく尋ねた。


「なあ、俺はまだ正気に見えるか?」

「……え?」

「自分じゃ、よく分からなくなってきたんだ」


 別段、可笑しいことなんて無いはずなのに、知らずと口元には笑みが乗る。

 自嘲じみたそれは、フィノの目にはさぞ不気味に見えただろう。けれど、もはや笑うしか無かった。それでも、口から零れてくるのは掠れた笑い声だけだ。


 それもそうだと、ユルグは心のどこかで納得する。

 本当に心の底から笑えたのは、一年前のことだ。きっとこれから先もそれは変わらないのだろう。





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