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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第四章
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才能の片鱗

 

 やるせなさに息を吐き出して眼下を見遣れば、足元には血だまりが広がっていた。驚いて目を見張ると、続いて視界に飛び込んでくるのは二匹の骸だった。

 左手に握っている剣からは血の雫がしたたっている。


 どうやら、無意識のうちに始末していたようだ。緊張感の無さに頬を叩いて頭を振る。今は余計な事を考えている場合ではない。



 洞穴から出ようと踵を返した瞬間、外から地響きが伝わってきた。

 慌てて外に出たユルグの眼前には、ずっしりと力を無くしたケイヴベアが地面へと倒れ伏していた。


「……は?」


 目の前の状況が理解出来ず、間抜けな声を上げるユルグの視線の先――ケイヴベアの骸の上からフィノがひょっこりと姿を見せた。


「あっ、ユルグ!」


 洞穴から出てきたユルグを見留めたフィノは、巨体の上から降りると一目散に駆け寄ってくる。

 まるで褒めてくれと言わんばかりの態度に、そんなのは後回しだとユルグはフィノへと尋ねた。


「これはお前がやったのか?」

「そうだよ」


 元気よく頷くフィノは、どこも怪我をした様子はない。それは良い事なのだが、問題はそこではないのだ。


「……あれは、どうやったんだ?」


 フィノが一人でこの魔物を倒した。ユルグはそれに驚いているわけではない。フィノに任せた以上、そうしてもらわないと困るし、あの様子で負けるとは思っていなかった。


 ユルグが指差した場所には、ケイヴベアの頭があった。綺麗に体躯と斬り離された頭部である。

 流石にこれはおかしいとユルグは瞬時に気づいた。

 あの巨体の頭を切り落とすにはユルグでも難儀する。それを細腕のフィノに出来るはずがないのだ。


「けんできったの」

「吐くならもっとマシな嘘を吐いたらどうだ」

「むぅ、ほんとだもん!」


 はなから信用していないユルグに、フィノは口を尖らせた。

 剣で切り落とすだなんてそれこそ無理な話だ。近付いて観察してみても、切り口は鋭い。両刃の剣で斬ったとは思えない。


「――あっ!」


 不思議な状況に頭を悩ませていると、いきなりフィノは叫び声を上げた。と思ったら、何やら背嚢を漁り出す。中から取りだした物は、ユルグが勉強しておけとフィノに渡した魔法書であった。

 この魔法書というものは、読んだからといって魔法が扱えるようになるといった代物ではない。魔法を扱うにあたって初歩的なこと――魔法の扱い方や分類などが記してあるものだ。


「こいつがどうしたんだ?」

「えっとねえ、これつかったの」


 フィノが指差したのは、風魔法の項目だった。

 しかし、それを言われたところでユルグにはピンとこない。風魔法というのは、文字通り風を起こす程度の魔法である。

 戦闘で使うとなると、物体を吹き飛ばしたり、炎魔法の威力を底上げするくらいしか使い道はない。後者はカルラが好き好んで使っていた戦法だから、ユルグにも馴染みのあるものだった。


 故に、風魔法を使ったからといってこのように魔物の頭を落とせるとは思えない。

 しかし、現に出来てしまっている。確かにケイヴベアの頭部は綺麗に斬り離されているのだ。


「ほのおじゃ、たおせないでしょ。だからね、こうしてみたの」


 説明をしながらフィノは剣を手に取った。

 鞘から引き出された刀身に、風魔法を流し込む。ここまではユルグにも覚えのあることだった。燃費が悪いからとあまりやらないが、剣に魔法をエンチャントするやり方と一緒だ。

 しかし、フィノのエンチャントの仕方はユルグのものとは少し違っていた。


 刀身に纏わせた風の流れがてんでバラバラなのだ。一方向からではなく、わざと逆からの流れを作ってぶつけている。

 そうすることで何が起こるか――剣よりも遙かに鋭い風の刃が生まれるのだ。


 この方法はユルグにとっても完全に盲点だった。

 なによりも、こうまでして剣の切れ味を上げようという考えが浮かばない。ユルグならば、敵を斬るには剣を振るえば事足りるし、物理攻撃が利かない――斬れないなら魔法での攻撃がある。そういった場合の対処の仕方をユルグは既に確立しているのだ。


 そもそも、魔術師は風魔法単体を攻撃手段に用いることはない。炎や氷といった魔法と比べて敵に大ダメージを与えるに至らないからだ。使ってもカルラのように補助に留まる。

 そこがフィノと魔術師との違いだ。一般的な魔術師は魔法しか扱わない。剣のような武器も持たないし、手に握っている杖はほぼ飾りのようなものだ。


 しかし、フィノは魔法で倒すことに拘らなかった。どんな手を使っても、という気概があって、どうすればそれが出来るか。考えた結果が今のこれだ。


「……なるほどな」


 風の刃をまじまじと見つめて、ユルグは感嘆した。

 これならばフィノの細腕でも振るえるし、剣の重量も然程変わらないから動きに制限が掛かることもない。

 ユルグが少し目を離した隙に、自分で考えてこの結論を出したのだ。もはや心配するには値しない。


 しかし、それはそれ。これはこれである。


「――っ、いったあい!」


 ゴツン――と一発、頭に拳を振り下ろす。

 いきなりの鉄拳に、フィノは持っていた剣を落とした。途端に纏っていた風の刃は霧散して、ただのブロードソードが地面へと転がる。


「あれを倒したのは凄いことだし、褒めてやらなくもない。でも、最初のアレはなんだ?」

「うっ」

「考え無しに突っ込むな。相手の出方を見ろと言ったよな」

「……ごめんなさい」


 ユルグの説教に、フィノは首を竦めて項垂れた。どうやら自分のしたことはきちんと理解しているようだ。


「今回はあいつ一体だったから良かったが、もう一体出てきていたら勝てていたと思うか?」

「……んぅ」


 ちらりとケイヴベアの死体を見て、フィノは首を横に振った。

 どうやらフィノもそこまで慢心はしていないようだ。それが分かっているのならもう何も言うまい。


「次からは気をつけろよ」

「うん」


 素直に頷くフィノから目を離すと、ユルグは既に息絶えたケイヴベアへと近付く。

 これを討伐したことで、ギルドの依頼は完了だ。あとは戻って報酬を受け取れば良い。しかし、魔物退治はそればかりではないのだ。


「こういった魔物の毛皮は高く売れるんだ」

「そうなの?」

「でも毛皮を傷つけると価値が下がるから、倒すときは一撃が望ましいな。火傷の跡が残っているから半値付けば良い方だろ」


 資金稼ぎにグランツに魔物退治の依頼を手伝わされていたから、骸の処理は慣れたものだ。ついでだから、フィノにも色々と教えておこう。


「長くは持たないが肉も捌いて売れる。今日の晩飯はこれで決まりだな」

「おいしいの?」

「熊の肉はクセが強いって言うが……まあ、食べられない事も無いだろ」


 他にも爪や牙……こういったものも、需要はあるらしい。金になるなら用途は何でも良いのだ。



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