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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 第四章
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平等

 

 ユルグの一瞬の隙を突いて、フィノは掴まれていた腕を払った。そうして、隣に居るユルグと距離を取ると、二発目の〈ファイアボール〉を放つ。


 火球はケイヴベアの顔面に直撃――それが命を賭けた戦いの、始まりの合図となった。



 先制攻撃を受けた敵は、フィノへと敵意を剥き出しにした。

 最初に放った火球は左脇腹に、次いで顔面に食らったのだ。あそこまでされては見逃すなんて選択肢はあの魔物にはないだろう。

 怒り狂ったケイヴベアの膂力は凄まじい。並の樹木なら腕を振り抜いただけでへし折れてしまうほどだ。しかし、俊敏さに欠ける。怖じ気づかなければフィノでも避けるのは容易いだろう。


 二撃目の〈ファイアボール〉を放ったフィノは、敵から距離を置いて出方を見ることにした。深追いは禁物だとユルグも言っていたし、あの巨体では一撃で倒すことは出来ない。隙を見計らって攻めるのが上策と判断したのだ。


 ちらりとユルグの様子を盗み見ると、物凄く険しい顔をしてフィノを凝視している。


(ユルグ、すごいおこってるなあ)


 何の相談も無しに、いきなり洞穴の中に魔法を放ったのだ。ユルグも焦っていたし、あれで怒らない聖人君子な心を持つお師匠ではないとフィノは知っている。


 だったらどうして、あんな勝手な事をしたのか。


 きっと舞い上がってしまっていたんだと、少しだけ落ち着いた心持ちでフィノは考えた。

 今までのフィノは足手まといで、何の期待もされていなかった。ユルグもそれを隠すこと無く無遠慮に口に出す。無理を言ってこうしてユルグに着いてきてはいるが、何の役にも立たないことが、途轍もなく歯痒かったのだ。


 それが昨日、何の気まぐれか。ユルグの口から評価しているのだと、そんな言葉を聞いた。これまで邪険に扱ってきたフィノの事を、しっかりと見てそうして判断してくれていたのだ。たったそれだけのことだったけれど、フィノにとっては十分すぎるほどに嬉しかった。

 だから、今日は朝から張り切っていたのだ。あまり騒ぐとユルグに煩いとどやされるから、なるべく平静を装っていたけれど。それでも、ここでちゃんと出来れば、ユルグも少しは認めてくれるのではないかと思っていた。


(あとで、おこられそう……)


 気持ちばかりが急いでしまって、空回りしてしまったみたいだ。

 しかし落ち込んではいられない。今は目の前の敵に集中しなければ。



 魔物と相対しているフィノに加勢しようと考えたが、ユルグは足を止めた。

 先ほどの先制攻撃は悪手にも程があるが、やってしまったことはどうしようもない。見たところ、フィノの動きは申し分ないものだった。

 大振りの攻撃もしっかりと避けられるし、相手の動きを見てから行動も出来ている。ここは今後のことも考えてフィノ一人に任せるべきだ。


 視線を外して、ユルグが見据えたのは洞穴の入り口だった。


 ユルグがどうしてあそこまで慎重を期していたのか。

 単純なことだ。この洞穴の中に、ケイヴベアが一体だけとは限らないからである。サシならば容易い相手でも、その数が増えると対処が出来ない。そんな状況はごまんとあるのだ。


 幸いと言うべきか。洞穴から出てきたのは、あの一体だけだった。しかし、油断は禁物である。


 洞穴の中を覗き込むと、それなりの広さの空洞があった。ケイヴベアの巣だとユルグは断じたが、それは間違いでは無かった。

 床材に草藁を敷き詰めた寝床には、幼体のケイヴベアが二匹、ごろんと寝転がっていた。

 幼体と言ってもそれなりの大きさはある。立ち上がってしまえばユルグの背丈と同じくらいだ。


 それらを見留めたユルグは、静かに剣を引き抜いた。

 どうであれ、こいつらを見逃す理由はない。元々、こうしてここに来た理由も魔物退治の為なのだ。

 依頼として請け負った以上、あの親熊は殺さなければならない。そうなってしまえば、ユルグの眼前に在るこいつらも自力では生きていけないだろう。ここでユルグが殺さなくても遅かれ早かれ死ぬことになる。

 それに、見逃して洞穴の外に出てこられては厄介だ。フィノの邪魔になる。


 可哀想だとは思うが、これは命の取り合いなのだ。そこに余計な情を挟む必要は無い。

 こんな冷徹な考え方をするようになったのは、いつからだったろう。



『命という物はな、良くも悪くも平等なのだよ』


 ふと、頭の片隅に過ぎった台詞に、ユルグの足は止まった。


 これは、誰の言葉だったか。

 ゆったりと、落ち着いた声音――そうだ、エルだ。

 これをユルグに言ったのは、エルリレオだった。


 旅の最中、野営をする事は少なくはなかった。そうなると必然的に食料は現地調達が基本になる。エルリレオは森に長いこと棲んでいたから、自然の中で生きる知恵は誰よりも潤沢であった。食料調達の役割は、エルとユルグの二人で行っていたのだ。


 ある時、捕らえた動物を捌こうとすると、エルリレオが神妙な顔をしてこんなことを聞いてきた。


『ユルグよ、これを可哀想だと思うか?』

『……可哀想?』


 エルリレオの問いにオウム返しに聞き返すと同時に、ユルグは獲物の首元を手にしたナイフで斬り付けていた。地面に流れ出る血潮が足元に血だまりを作っていく。


『最初の頃はそう思っていたけど、今は気にしないようにしてる。そんなこと言ってたら飢えて死んじゃうからね』

『……そうだのう。お主は何も間違ってはいないよ』


 異なことを聞いてくるエルリレオに、ユルグが不審がっていると彼は続けて言った。


『では、これと儂らの命に違いはあると思うか?』

『それ、わざわざ聞くほどのことかな』


 眼下に横たわった既に息絶えた骸を見つめて、ユルグの出した答えは是であった。

 違いはある。少なくとも、この骸とユルグの師である彼らの命が同じなわけがないのだ。

 そう答えると、エルリレオはゆっくりとかぶりを振った。


『命という物はな、良くも悪くも平等なのだよ』

『……どういうこと?』

『死なばもろとも。今しがた奪った命……儂やグランツ、カルラ。もちろん、お主もだ。命というのは一人一つと決まっている。そこに差異はないだろう?』

『?……うん』


 エルリレオが何を諭しているのか、ユルグにはいまいち理解出来なかった。彼は何を伝えたいのだろう。

 眉根を寄せていると、柔和な笑みを刻んでエルリレオは告げる。


『だから、儂らが消えてもお主は気に病む必要はないのだ。最初のうちは可哀想だと嘆いても良い。しかし、命というのは平等なのだ。いつまでも気に病んでしまったら、飢えて死んでしまうのでな』


 笑みを湛えて恐ろしいことを言うものだから、ユルグは辞めてくれと頭を振った。

 いつだって最悪を想定しなければならないのは分かってはいるが、何も今考えずとも良いことだ。


『これから飯の時間なんだから、そんな話されたら美味い食事も不味くなるよ』

『……うむ、そうさなあ。悪かった。許してくれるか?』

『別に俺は怒ってるわけじゃ……わっ』


 わしわしと頭を撫でられて、ユルグは慌ててエルリレオの手を払いのけた。嫌ではないし嬉しいのだが、やはり少し気恥ずかしいのだ。


『俺、子供じゃないんだからそういうのは』

『なあにを言っているのやら。儂からすればユルグなんぞ、小童も同然じゃて』


 赤面するユルグをからかって、エルリレオは楽しそうに笑った。




 懐かしい思い出が過ぎって、ユルグは奥歯を噛みしめた。

 今ならばはっきりと分かる。命は平等であると、エルリレオは言った。けれど、あれは酷い欺瞞であったのだ。


 本当にそうであったのなら、ユルグは今ここに居ないはずなのだ。こうして無様に生き永らえているのは、あの時に背を向けて逃げ出したから――逃がしてもらったからだ。


 どうしてか、なんて。そんなのは考えずとも分かりきったことだ。ユルグが『勇者』で、特別だから。

 そこに平等も何もあったものではない。最初から分かっていたことなのに、それに気づかせないように、丁寧に蓋をされていただけ。

 けれど、どれだけ憤慨しても、恨み辛みをぶちまける相手は既にいないのだ。



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[一言] 命は平等だけど人の価値は平等じゃない…
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