闇夜の提灯
戻ってきたユルグは憑き物が落ちたようにすっきりとした面持ちだった。
多くは語らなかったが、それを聞いてしまうのは野暮というものだ。静かに見守ることにして、ミアは止めていた作業を再開させる。
「それ、何してるんだ?」
「あなたがボロボロにしてきた衣服とか、装備とか。直してるのよ」
「うっ、……ごめん」
小言を言ったつもりはなかったが、それにユルグは声音を下げた。
どうやら心当たりは沢山あるようで、ミアの作業を興味深げに見つめている。
壊れたものや古くなったものは新しく買い替えればいい。それを惜しむつもりはない。ミアのこれはただの趣味と暇つぶしだ。
実際に金には困っていないし、二人とも浪費家ではない。けれど蓄えは多い方が良い。
「いいの。暇つぶしのようなものだから。でもね、本当は危ないこと、して欲しくない」
これを言ってしまえばユルグは困った顔をするだろう。それを分かったうえでミアは言い聞かせた。
そして対面しているユルグは、言葉もなく眉を下げている。
村を出てから今まで、そういったことしかしてこなかったのだ。それをやめろとは酷な話である。
ミアの心配する声を聴きながら、ユルグはどうしたものかと思案した。
金がなければ生きていけない。だからもちろん、ユルグもいくらかは仕事というものをしている。しかし、それが総じて荒事なのだ。
冒険者ギルドで依頼を受けたり、たまに街の人から魔物退治を頼まれたり。怪我が付きものな仕事である。
そして、そういった生き方しか知らないのだ。
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――翌日。
ユルグはミアにおつかいを頼まれたため、麓の街に降りてきていた。
昨日言われた仕事の話。それがユルグの脳裏にいつまでも残っている。危険ではない仕事……いくら考えても思いつかない。
あれこれと考え事をしながら、肉屋に寄った時のことだった。
「兄ちゃん、どうしたんだ? 浮かない顔して」
突然、店主に呼び止められてユルグは瞠目した。そんなに顔に出てただろうか。
「ああ、その……仕事を探してる」
「仕事ぉ?」
ユルグの返答に肉屋の店主は怪訝そうな顔をした。言っている意味が分からないと言った様子だ。
「仕事って……兄ちゃん、金にでも困ってるのか?」
「いいや」
「そうだよなあ。ギルドやら魔物退治やら、色々やってんの見てんだ。別に仕事なんか探さなくてもそこらへんに転がってるだろ?」
「そうなんだが……」
言い淀むユルグに店主はさらに眉を寄せた。どういうことだと訴える眼差しに目を逸らして、一つ咳払い。
「……妻に。危険なことはしないでくれと、言われてしまって」
「あー、ははあん」
ユルグの憂慮に店主はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
けれど困っているというユルグの気持ちは理解してくれるのだろう。
「うんうん。そうだよなあ。確かにそうだ。言われちまうよなあ」
わかるよ、と深く頷いている店主にどう反応していいか困っていると、彼は続けてこんなことを言う。
「そういうことだったら。兄ちゃんにぴったりの仕事があるんだ。兄ちゃんだったら誰も文句言ってこないだろ」
――話だけでも聞いてみないか?
店主の話に理解が追い付かないながらも、ユルグは頷いていた。
やるやらないは別として、話を聞くだけなら行ってみる価値はある。
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店主の話では、ユルグに仕事の斡旋をしてくれるのはこの街の町長らしい。
エルリレオよりもまだ年若い――それでも二百歳は超えているらしい老エルフである町長は店主の話を聞いて、それから挨拶を交わす。
「あなたがあの龍殺し様でしたか」
「そう、みたいだな」
ユルグとしてはその事実を公に認めたくはないのだが……なんだか都合が良さそうなので肯定しておく。
「あなたのおかげで、今の私たちがあるのです。遅ればせながら感謝の意を述べさせてもらいましょう」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
町長の反応を見るに、龍殺しの噂は街中に広まっているらしい。なぜだろうか、と考えてすぐに思い至った。
アルベリクだ。あの子が言いふらしているに違いない。前に一度エルリレオに聞いたことがある。なんでも毎日誰かしらに自慢しているのだとか。
迷惑ではないが、ここまで敬われることはしていないのに、というのがユルグの本心だった。
「それで、仕事の話なんだが……」
「ああ、そうでした。詳しい話は聞きましたかな?」
「いいや、まだ何も」
「それでは、私から説明させてもらいましょう」
町長が言うには、黒死の龍が倒されて街が復興された後。自警団を作るべきだという話が出てきていたのだという。
一度壊滅的な被害を受けた教訓だろう。それとも、国からの武力援助も意味がないと悟ったのか。自分たちの身は自分たちで守るという意識が住民の総意であるという。
一応冒険者ギルドはあるが、あれはあくまでも依頼ありきの関係だ。金がなければ動いてくれないし、非常時には心許ない。
ということで、自警団を作ることに決まったのだが――
「そうは言えども、なにぶん荒事に関しては素人ばかりなものでして。これでは農具を持った農民集団と変わりありますまい」
「そうだろうな」
集団を組織してもそれでは烏合の衆である。知識と技術がなければ非常時に役立つとは思えない。
「それで龍殺し様の腕を見込んで、戦闘技術の指南をしてほしいのです」
「自警団に入ってほしい、ではなく?」
「あなたの事情は少しばかり聴き及んでおります。多忙な身であると。ならば指南していただける方がこちらの方も気兼ねなく頼めるというものです」
「確かに……」
ユルグとしても町長の気遣いは有難い。
これから先も色々とあるだろうし、その方が都合も良い。もちろん、何か問題があったのなら手を貸してやるつもりであるが……ユルグの性格上深く関わることを好まないので、指南役というのはなんとも適切な距離感だ。
ユルグとしては断る理由もなかった。けれど、一応ミアに報告してからでも遅くはないだろう。
「少し考えさせてくれ」
「もちろんですとも」
ユルグの返答に町長は快く返事をしてくれた。




