厄介な協力者
「ぬおおおおおおおおおおおっ!!」
突如、大声が聞こえてきたかと思ったら何者かが機人の腕を掴んだ。そしてそれを力技で引き剥すと体当たりをして突き飛ばす。
倒れた機人は起き上がろうと上体を起こしたが、それきり。ぱったりと動かなくなってしまった。
「おししょう!」
地面に投げ出されて朦朧としている所に聞きなれた声が降ってくる。
慌てて駆け寄ってきたフィノは、まだ息をしているユルグを見てほっとした表情を見せた。
「いきてる?」
「あたりまえだろ」
冗談を言えるなら大丈夫だとフィノは安堵した。背負っていた背嚢をおろすとすぐに怪我の手当てをする。
「すごい火傷。痕残っちゃうね」
「アイツはどうなった?」
首と手のひらの火傷に革袋の中の水をかけて、軟膏を塗って包帯を巻く。
手当をしながらフィノは答えてくれた。
「ゼロシキがやっつけたよ」
「はあっ……ならいい」
文句の一つも言いたかったがそんな気力もなくユルグは静かに目を閉じた。
火傷の痛みと耳鳴りで起き上がるには少し時間がいりそうだ。
「まったく、馬鹿な事をしたなあ。大馬鹿者」
溜息交じりの声音が足音と共に聞こえてくる。
それに視線だけを向けると、身体を真っ赤に染めたゼロシキがこちらに寄ってきた所だった。
「あんなもの、相手にするかね」
「俺は言われたとおりにしただけだ」
「生身の人間如きがアレに勝てるわけ……っ、んん、ごほん」
小言を言い始めたゼロシキだったが、途中でバツが悪そうに咳払いをしだす。何事だと伺っていると、それを見ていたフィノが口を挟んできた。
「ちゃんと言わなかったのが悪いよ」
「うっ、……それは、そうだ。すまんよ、本当に反省している」
上背を畳んで縮こまっているゼロシキに何事かを嗜めている。そんな二人を見つめていると、視線に気づいたフィノがかくかくしかじか――説明してくれた。
「つまり、あれは……」
「ああなっては手前でも止めるのは難儀した。真っ向からやり合っても勝てるものではない。だから一目散に逃げるのが正解だったというわけだ。逃げ続けていればいずれ動かなくなる。そういうものだ」
「……もう少し早く知りたかった」
大きな溜息を吐き出すと、ゼロシキは申し訳なさそうに謝った。
既に過ぎたことだし責めるつもりはない。けれど徒労感が凄まじい。五体満足でいられたのはとても運が良いことだ。
「マモンは?」
「あいつならまた転がってる。連れてきてくれ」
「んぅ、またぁ?」
ブツブツと文句を言いながら手当を終えたフィノはマモンを探しにいった。その後ろ姿を眺めながら身体を起こすとフィノが置いていった背嚢を漁る。
「お前たちがここにいるってことは無事回収出来たってことだな」
「そうだ。少し難儀したが、なんてことはなかったなあ」
「それで、お前はこれからどうするんだ?」
手を止めたユルグの問いにゼロシキはふむと嘆息した。
「そうだなあ。今は何の案もない。邪魔者は消えてくれたが生きる目的も特にない。困ったものだ」
そういう割にはゼロシキからは深刻さを感じない。今のだって笑い飛ばしているくらいだ。
それだったら、とユルグはあることを提案する。
「何もないなら俺たちに協力してくれないか?」
ユルグの提案にゼロシキは一拍おいて開口した。
「理由は?」
「収集した匣を材料に四災と交渉する。でも俺たちにはあいつらが真実を語っているか確かめる術がない」
誰よりも見識があるであろうゼロシキに見極めてほしい、というのがユルグの提案だった。しかし当の本人はそれに少しばかり難色を示した。
「構わないが……言っただろう。記憶障害がある。それほど昔のことは覚えていないし、断片的なものばかりだ。それほどあてにならないと思うが」
「イチとゼロとじゃだいぶ違う」
「ふむぅ……藁にも縋るというやつか」
「まあ、そんなところだ」
ユルグの話を聞き終えて考えを改めたのか。ゼロシキは片腕を組むと何やらブツブツと呟き始めた。
「主様は機人を完璧なものとして造った。他の何よりも完全なものだ。だが蓋を開けてみればこのザマ。こんな体たらくでは、あのお方が満足するわけがない。しかし考えてもみろ。いま生き残っているのは手前だけだ! つまり、主様の完璧に唯一近しいのは! このゼロシキということになるなあ!」
さきほど倒した機人を踏みつけて、ゼロシキは愉快気に笑って吠えた。いきなりの豹変にユルグは目を丸くして呆ける。
「なんなんだ、いきなり」
「見返してやろうという話だ!」
「……あんな奴らに間違いを認めさせるってことか?」
無理だろ、と言う前にゼロシキは声高に宣言をする。
「その通り! そうと決まればやることは沢山あるぞ! まずは破損した外装を整えなければ……となれば繋ぎに使える鉱石も探す必要があるな! 時間は幾らあっても足りない!」
いそいそとやる気を出したゼロシキは、ふとユルグを振り返って顎で指図する。
「何をしている。そんなところで蹲っている暇はない!」
「おれは怪我人なんだが……」
「生きていればみなかすり傷だ!」
「お前みたいな頑丈な奴と一緒にするな!」
機人の壊れた身体を持ち上げて先に行ってしまったゼロシキに溜息を吐きながら、ユルグは痛む身体に鞭を打つ。
どうにも厄介な協力者を招き入れてしまったみたいだ。




