会敵
フィノは鎧頭を抱えて倒れたままのマモンを起こしに来ていた。
「ん、よいしょっと」
地面に落ちている鎧に頭部をつけて少し待つ。
すると意識が戻ったのか。寝起きのような声を上げてマモンは上体を起こした。
『ううん……』
「あ、起きた」
『フィノか……あれからどうなった? あの大蛇は倒せたのか?』
「うん、そこにいるよ」
すぐ傍に転がっている死骸を指差すと、それを見たマモンは驚きに声を詰まらせた。なんせ真っ二つに斬れているのだ。あの巨体がこうも絶命しているなど露にも思わなかっただろう。
『こ、これは……フィノがやったのか?』
「ううん、あの人」
大蛇から逸れた指先が、今度はゼロシキに向く。初めて目にする正体不明の人物に、マモンはこれまた驚きに声を上げた。
『……誰だ?』
「ええっと、話すと長くなるけど」
「――悪いが長話している暇はない」
さっさと起きろと指図するユルグに、マモンは状況が読めないながら渋々立ち上がった。
「手短に説明する。匣の回収をコイツに協力してもらうことになった」
「ゼロシキだ。はじめましてだなあ」
『う、ううむ』
差し出された手を取って握手をしながら、マモンは思考を巡らせる。
少しの間気を失っていたと思ったら随分と状況が変わっているらしい。しかしユルグがこの状況に何も文句を言っていないということは納得しているという事だ。そこに今更口を挟んでも無意味。
マモンは黙って話を聞くことにした。
「厄介な奴に追われているらしいから、俺たちはそいつの相手をする」
『己とお主とでか!?』
「そうだ。この二人が適任だ」
フィノがマモンを起こしに行っている間にユルグはゼロシキと作戦を練っていた。しかしこの決定にフィノは不服である。
「お師匠! フィノも一緒じゃないの!?」
「お前はゼロシキと同行してくれ」
「なんでぇ!?」
ゼロシキを追っている輩がヤバい奴であることは、フィノも先ほど話を聞いていて知っていた。そんな相手に戦力を割くのは愚策である、というのがフィノの意見だった。けれどユルグはそうじゃないという。
「祠の中が瘴気のヘドロまみれなら魔物だって湧いているはずだ。どれだけいるか分からない」
「手前も一人で充分だと言えたら良かったが、片腕に加えて頭もひしゃげている。魔物相手は些か苦しいのでなあ」
「匣の回収は絶対だ。失敗は出来ない」
重要な任務を任せるとユルグは言っている。それに気づいたフィノは、心配しながらもそういうことならと素直に身を引いた。
「んぅ……お師匠、怪我しないでね」
「わかってる」
「フィノも心配するけど、ミアはもっとだからね!」
「……」
フィノの小言にユルグはバツが悪そうに首筋を撫でた。
『己もついている。無茶はさせないと約束しよう』
「んぅ、マモンは……さっきのこと、あるし」
『あ、あれは仕方なかったのだ! 頭がとれてしまってはどうしようも――』
苦しい言い訳をするマモンを放って、不意にゼロシキが隻腕を上げた。その指先は一点を指して宙に留まる。
「きたぞ。墓荒らしだ」
硬い声音に一斉にその方向を向くと、樹上に立っている人影を見つけた。
それはゼロシキの容姿ととてもよく似ている。鈍色に光る鎧姿の人物。マモンよりも体格も上背もない。思ったよりも小柄だった。
「あの兜を外したら、そら。すぐに感づいて現れたろう。粘着質で陰険な奴め」
「あの人?」
「そうだ。どこまで逃げても追ってくる。おちおち昼寝もできんわ」
ぶつぶつと文句を言うゼロシキの傍で、ユルグは目を眇めた。
先ほどゼロシキから事前に聞いていた情報通りなら、アレを完全に破壊することは不可能。だからあの機人の相手はユルグとマモン、この二人が適任なのだ。
「今から祠まで全速力で走り抜く。しっかりとついて来てくれよ」
「うん!」
準備万端とでも言うようにフィノは張り切って返事をして、ユルグに目配せした。それに応える代わりにユルグは背負っていた剣に手を掛ける。
ゼロシキが反転――走り出した直後、樹上にいた機人が大きく跳躍した。
ガラ空きの背後を狙って飛び掛かった敵は――しかし、その寸前で見えない壁に激突して地に足を付けた。
知覚できない妨害に機人は一瞬動きを止めた。
やはり、ユルグの読み通り。彼らは魔法に関しては完全に初見らしい。これなら充分に役目を遂行できる!
「いけ!」
声を張り上げたユルグにフィノは振り向かずに駆けていく。
その後姿を視界の端に捉えて、ユルグは隣のマモンに合図を送る。
『逃がすな、だろう。わかっている!』
間髪入れずにマモンは未だ固まっている機人の背後に組み付いた。
先ほどはてんで役立たずだったマモンだが、あの鎧姿の実力はユルグも知るところである。あの黒死の龍の突進さえも受け止めたほどだ。組み付かれたら簡単に振り解けるものではない。
しかし次の瞬間、その考えは機人相手には浅慮であると二人は知ることとなった。




