渡りに船
機人という名を聞いてユルグは記憶を辿る。確か竜人の四災からそんな名を聞いたような気がする。
古代の時代にいた種族のうちのひとつだ。けれど彼らは今の時代、残っていないはず。生き残りがいたということだろうか?
「お前たちは滅びたって聞いたが……」
「手前以外はな。これを良い事と言えるかどうかは別だが」
ユルグの問いにゼロシキは良い返事をしなかった。まるで生き残った事を悪し様に思っているように聞こえる。
「どうして?」
フィノもそこが気になったのだろう。彼の話を聞いて理由を問う。
「彼らは自ら命を絶った。生きることに疲弊し、諦めてしまった。永遠に生きられる身体を持っていながらなんとも拍子抜けする最期だろう?」
ゼロシキは仲間の愚行を笑いながら話してくれた。
彼以外の機人は皆、自殺してしまったというのだ。これには話を聞いていた二人も呆気にとられる。
「そんなことってあるんだ」
「面白いだろう? 最初の一人が動かなくなると、そこからはあっという間だった。そして気づいたら独りきりだ」
凄惨な話だというのにゼロシキは飄々としている。それほど悲しんでもいないのか。笑っているが、すでに昔のことだと割り切っているのだろう。
「なぜお前だけ生き残ったんだ?」
「なぜだと思う?」
質問を質問で返すと、ゼロシキはその答えを待たずに話し出す。
「それは手前が他よりも劣っていたからだ」
「どういうこと?」
「簡潔にいうなれば、記憶に欠陥がある」
こつん、と頭を叩いて彼は言う。
「物事のすべてを記憶できないということだ」
「んぅ、それ普通のことじゃないの?」
「お前たちはそれでいい。だが機人としてみれば、これは欠陥以外の何物でもない」
二人にしてみれば当たり前の事を、ゼロシキは欠陥であると断言した。そしてそれが、致命的であったという。
「機人という種族は他と比べても特殊な生態をしている。竜人よりも遥かに頑丈な身体を持ち、寿命は森人よりも長い。そして、記憶の欠落がない。つまり、生まれてからの事象をすべて記憶できるということだな」
「物忘れがないってこと?」
「そうなるなあ。どうだ? これを便利だと思うか?」
ゼロシキの問いにフィノは頷いた。
忘れるよりは断然いい。楽観的なフィノの肯定を他所にユルグは少し考え込んでからなるほどと呟いた。
「良いことも、悪いこともってことか?」
「そうだ」
それを聞いてフィノはハッとした。
ゼロシキは、他の同胞はみな自ら命を絶ったと言った。自殺なんて正常な精神を持っているならば選択しない行いだ。それを実行するならつまり、精神が耐えられなかったに他ならない。
「面白いことにより強く記憶に残るのは負の感情だ。親しい者の死も一度ならば耐えられる。けれどそれが積み重なるとどうなる? 仕方ない事だと分かっていても精神がダメになる。心があるなら尚更だ」
けれど、とゼロシキはかぶりを振った。
「残念なことに手前にはそれが理解できなかった。元々彼らと同じではなかったから当然と言えばそうなのだが……完璧な存在として造られた中の欠陥品が最後まで残るとは、これ以上の皮肉もあるまいよ」
彼の話を聞いて、もう一度ユルグはゼロシキの風貌を見た。やはり気になるのは欠けている腕だ。
竜人よりも頑丈な身体を持っているというのに、あの隻腕は不自然である。
「さて、答えになったかね?」
「いいや、まだだ。お前はいったい何に追われているんだ?」
ユルグはゼロシキの隻腕を見て問う。
先ほど会った時も、彼はしきりに困っていると口にしていた。その答えをまだ二人は聞いていない。
「墓荒らしだ」
「なんだって?」
「墓荒らし。言葉通りの輩だ。死者を墓穴から掘り起こすなど無礼な奴だ!」
よっぽど腹に据えかねているのか。ゼロシキは憤慨した。
隣に立っているフィノは何が何やら理解できていないようだった。そんな弟子を放って、ユルグは推察をしてみる。
「お前みたいな古代の遺物に干渉するってことは、身内のいざこざってやつか?」
「そうだ。話し合いで解決しようともしない粗暴な奴でなあ。おかげでこのざまだ」
彼はかぶっていたマモンの頭を取った。
兜のような頭部は左方の側が陥没して潰れている。人間で言ったら即死級の負傷であるだろうが、それでも機人にしてみれば軽傷の部類に入るらしい。
「そこまでするってことは相手にも何か目的があるんだろ?」
「然り。だが話す暇もない。もっとも大方予想はついている」
ゼロシキはマモンの頭を被りなおすと自身の見解を述べる。
「主様の命があったのだろうなあ。それ以外で奴が動くわけがない」
「アンタの主人ってのは、あの穴底にいる四災ってやつのことか?」
ユルグが指摘するとゼロシキは少し驚いた素振りを見せた。
「今の時代、それについて知っているとは。そうであるなら話は早い」
そうだ、と頷いてゼロシキは自身の予想を語ってくれた。
「少し前に動きがあってな。あの姿形は竜人の者だと思うのだが……それ以降だ。奴が現れて色々と干渉してくるようになった」
「仲間なのに襲ってくるの?」
「主様を含めて、手前を仲間だと思ってはいないだろうよ。なんせ欠陥品ゆえ、であれば機人に非ずだ」
ゼロシキの話を聞いてフィノは納得がいかないのか。難しい顔をして唸った。
「四災の奴らが何をしてるのか。お前は知らないのか?」
「まったく。だが、彼らも一枚岩ではない。主人様は慎重な性分でなあ。ゆえにあの竜人の御仁の提案にも懐疑的なのだろう。だから干渉器を使って様子見しようという魂胆だと手前は予想しているが……そうするにしても何もかも不足している」
だから墓荒らしなぞしているのだ、とゼロシキは嘆息した。
「なるほどな。いいことを聞いた」
今回は機人たちの身内のいざこざに片足を突っ込んでしまったわけだが、この情報は得られて損をするものではない。
竜人の四災はユルグに匣の回収を命じたが、水面下では動いているらしい。そしてその成果はあまりよろしいものではない。
匣の回収が終わった後のことは何も言われていないが、そこから先どう動くか。情報があるかないかでは対処も変わってくる。もっとも上位者である彼らに敵うわけもないが……目的や意図を予測出来るだけでも心持は軽いものだ。
「お師匠、どうするの?」
あらかた話を聞き終えたところで、隣にいたフィノがユルグに問う。
「どうもしない。マモンを起こしたら匣を回収して帰る」
「助けてあげないの!?」
「お前なあ、話聞いてたのか? こいつら身内の問題に俺たちが関わってどうするんだ」
弟子の浅慮にユルグは溜息を吐いた。それでもフィノは不服そうだ。
ああだこうだと口論していると、それを聞いていたゼロシキが話に割り入ってきた。
「あの祠の中に入るのか?」
「あの場所にある匣を回収しにきたんだ」
「ふむ……今はやめたほうがいい」
話を聞いてゼロシキは二人を止めた。
「あそこはいま瘴気のヘドロで溢れている。あの大蛇があそこまで巨大になったくらいにはなあ。生身で踏み込める場所ではないよ」
彼の忠告にはユルグも逸る足を止めるしかなかった。
そんな状態では二人はもとよりマモンにだって打つ手がない。彼は瘴気の浄化は出来るが、それをしてしまえば魔王の器であるユルグにも影響が出てしまう。
「参ったな」
「んぅ……」
マモン曰く、大穴からの瘴気は一定の周期で溢れてくるらしい。今回は運悪くそこに被ってしまったのだ。こればっかりはどうしようもない問題である。
時間経過でどうにかなればいいが……そうならなかった場合、覚悟は必要だ。そしてその分帰りも遅くなる。
二人の様子を見ていたゼロシキは胸を逸らすと片腕でドンと叩いた。
「ふふん、そう悲観的になるのは早いのではないか?」
「んぅ、でも」
「手前ならばあれくらい、何の問題にもならない。これ以上の適任もおるまいよ!」
いきなりの提案に二人は顔を見合わせた。
「てつだってくれるの!?」
「ここで会ったのも何かの縁だ。協力しよう。だが手伝うにしても障害が一つある」
「あの墓荒らしとかいう奴のことだな」
「そうだ。だから匣の回収をしている間、奴の相手をしてほしい」
「わかった」
ゼロシキの提案にユルグは即決した。
これ以上の案もない。ならば出来ることをしなければ。




