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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 廻
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ウドの大木

 

 ユルグの一言にフィノは大蛇の姿を凝視した。目を眇めて、視認できる頭から胴体まで観察する。


 普通の蛇が空を飛ばないことなどフィノにだってわかる。けれどそれが理解できた所で、あの手足が関係しているとすぐに見抜けるものだろうか?


「どーいうこと?」

「少し前に見つけた足跡のことを覚えているか?」

「うん」


 巨体を擦って進んだだろう跡に、その淵には手足の足跡がついていた。

 そこまで思い出したフィノに、ユルグは手短に説明をする。あの敵の致命的な弱点が分かったというのだ。


「あの移動痕、やけにくっきり付きすぎじゃないか?」

「んぅ……足跡だから当たり前」

「普通の蛇はあんな風に地面を抉って進まないんだ」


 擦れた跡はつくだろうが土を削って進んだりはしない。

 言われてみればそうだとフィノは気づいた。けれどそれがあの大蛇とどんな関わりがあるのか。


「そうなれば必然的に動きは鈍くなる。生物として足が遅いっていうのは致命的だ。だからあの手足で補っている」

「そっか」


 ユルグの指摘にフィノは手を叩いた。

 ここまで聞いてやっとフィノにもユルグが何をしようとしているのか分かったのだ。


「でかい図体は瘴気の影響だってマモンも言ってただろ。元々の造形は変わっていないとすると……おそらくあれが移動の要なんだろう」

「うん」


 まずはあの手足を削いで機動力を奪う。

 そうすれば幾分かやりやすくなるはずだとユルグは言った。フィノもそれに同意する。


「俺は右、お前は左だ」

「マモンはどうするの?」

「放っといても勝手に出てくるだろ」


 敵の前に放り投げておいてこの言い草である。これをマモンが聞いていたら文句の一つも言っていたに違いない。

 心の中で同情しながらフィノは自分の剣に手を掛ける。




 二人が草陰から出たのは同時だった。

 作戦通り、ユルグは右方。フィノは左方に駆けていく。



 先ほどマモン目掛けて齧り付いた大蛇は、下げた頭をゆっくりと持ち上げた所だった。

 頭のてっぺんから地上までの距離は四メートルはあるだろう。


 この巨体で小回りは利かないはずだ。

 囮としてマモンをけしかけたが、念には念をと、ユルグは大蛇の横を走りながら雑嚢に手を忍ばせた。


 手のひらいっぱいに掴んだ空の魔鉱石を握りしめて魔法を込める。足止めのための魔法……以前にもこの場所で使った氷結魔法だ。

 単発では心許ないが、魔鉱石を使えば威力を倍々に出来る。そのぶん消耗も激しい諸刃の剣だ。


「凍っちまえ!」


 全力をもって投げた魔鉱石の塊は、大蛇の蛇腹に当たった。瞬間、破裂音と同時に大気の温度が急激に下がる。

 地面には霜が立ち、大蛇の表皮を冷気が絞めていく。


 急な温度変化に対応できないのか。大蛇の動きが明らかに鈍くなった。これなら反対側にいるフィノもやりやすくなる。

 手応えを感じたユルグは、さっそく次の行動に移ろうと止まっていた足を浮かせるが――


『なにをしている!』


 頭上から叫び声が聞こえてきて、ユルグは顔を上げた。

 大蛇の口元を凝視すると、そこには先ほど食われてしまったマモンが鎧姿となって挟まっているではないか!


「お前、そんなところで何してるんだ!?」

『それはこちらの台詞だ! 何をしているだと!? 元はといえばお主が――』


 グチグチと文句が垂れてくる前に、動きの鈍っていた大蛇が身体に張り付いた氷の霜を剥すようにゆっくりと動き始めた。

 けれどすぐにこの場から動く様子は見られない。どうにも寒さには滅法弱いみたいだ。


「文句は後で聞いてやる! こいつの手足を斬るまでそこに居ろ!」

『なっ――馬鹿を言うな! こちらも限界なのだ!』


 マモンは何やら焦っている様子だ。けれどユルグにはなぜそんなに焦っているのか分からない。

 しかし今のマモンにはそれを悠長に説明している暇はなかった。


 大蛇に喰われた直後、犬の姿のままでは飲み込まれてしまうと鎧姿に変わったのだが、それが悪手だった。

 完全無欠のマモンだが彼にも弱点はある。鎧姿でいる間は頭部が離れてしまうと意識が保てないのだ。離れた頭部が再び身体に戻るまで身動きが出来ない事態に陥ってしまう。


 今のマモンは大蛇に喰われまいと顎門を抑えて踏ん張っているところだ。しかし思いの外、相手の力が強く手心を加えている暇さえない。

 不幸中の幸いか、マモンが悪戦苦闘しているおかげで大蛇の動きが制限されている。先ほどユルグが追い打ちをかけるように魔法で足止めをしてくれたおかげで、左方を任されていたフィノは師匠の指示通りに作戦を遂行していた。




 風魔法をエンチャントした剣撃を見舞うと、呆気なく千切れた手足は宙を舞った。

 思ったほど固くもなく、手応えもない。もっと大変かと思っていた作業も大蛇の全長を添うように駆けて斬りつけるだけで終わってしまったのだ。

 フィノは少しだけ拍子抜けしていた。


「おわっちゃった。お師匠、大丈夫かな」


 振り返った視界には踊り狂う手足の残骸が見えた。それにいやーな顔をしてフィノは眉を寄せる。

 まるでトカゲのしっぽのように地面で跳ねて躍っているのだ。じきに動かなくなるはずだが……気味の悪いものには違いない。


 出来るだけ見ないようにして、フィノは尻尾の先端から大蛇の右方に回り込んだ。無用な心配ではあるが、加勢した方が良いだろう。


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