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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第一部:黎元の英雄 廻
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過去の悪行

 

 当初の予定通りに交渉は済んだ。

 そのことにほっと胸を撫で下ろした皆を見て、エルレインは自ら申し出る。


「事が済むまでお屋敷に滞在してください。その方が安全でしょう」

「何から何まですまないな。助かるよ」

「いいえ、気にしないでください」


 笑って言うが、一瞬だけ彼女は表情を歪めた。

 ユルグはその顔を見逃さなかった。もしかしたら、何か隠し事があるのか……大事な師匠の身内だ。疑うことはしたくないが、警戒は怠らない。


 どうしかしたのか、と尋ねようとした瞬間――


「あの……ユルグさんに、大事なお話があります」

「なんだ?」

「あなたお一人に話したいので、別室に来てもらってもよろしいですか?」

「……わかった」


 逡巡した結果、ユルグはエルレインの話に頷いた。

 何か裏があるかもと疑ったが、それにしては彼女の表情はどこか思い詰めたように暗いものだ。

 内密な話というし、他の奴には聞かれたくないものであるのだろう。


「他の方々はそれぞれ客室にご案内させていただきます。しばらくおまちください」


 部屋を出て行ったエルレインにユルグもついて行く。

 あの場にはフィノもマモンもいる。仮に襲われても返り討ちに出来るだろう。 


 しかし、内密な話とはいったい何なのか……徒然と考えてみるがまったく分からない。

 難しい顔をしていると、エルレインはある部屋の前で立ち止まった。


「ここは?」

「ただの書斎です。話のついでに見てもらいたいものもあるので」


 彼女の返答に訝しみながらも、ユルグは書斎に入っていく。

 ソファに座るように促されて部屋の中を見回すが、分厚い蔵書や古臭い本ばかりが目立つ。これが見せたかったものなのだろうか?


 そうしているとエルレインは数冊を手に取ってユルグの前に座った。


「それで、話っていうのはなんだ?」

「ユルグさんはアルディアの三大貴族についてどれだけ知っていますか?」

「ほとんど知らない。何か役割でもあるのか?」

「いいえ。貴族家というのは名ばかりで、有力なエルフに貴族の地位を与えたというだけです。けれど、スクラインだけは違います」


 そう言って、彼女は手に持っていた蔵書をテーブルに置く。


「これはおじい様が残した研究成果の一部です」

「エルの?」


 その話をされて、ユルグはふと思い至る。

 そういえば、エルリレオからこの手の話を聞いたことがない。昔に色々と研究していたとは聞いていたが……詳しいことは何も話してくれなかったのだ。

 もちろんそれはユルグだけではなく、グランツやカルラも知らなかっただろう。


「今の皇帝陛下はとてもお優しい方です。彼女は争いを好まない。武力解決は最終手段だとおっしゃっています。ですが、先代も先々代もそれとは真逆の方たちでした」


 アルディア帝国皇帝は代々野心に塗れていたという。彼らは領土の拡大を模索し、武力で広い国内を平定していった。

 そんな彼らが欲するものは人を沢山殺せる兵器と莫大な兵力。


「おじい様はかつて皇帝直属の魔法研究機関に属していました。そこで多大な功績を上げたおかげで貴族の地位を賜った。けれどその研究は忌避すべきものだったのです」


 エルレインは大仰なことを言ってのけた。ユルグはそれに怪訝がる。


「ただの魔法研究だろ? 何をそこまで……」

「人を魔物に変えるものだとしても、そう言えますか?」

「……は?」


 彼女は思ってもみないことを言い放った。それにユルグは絶句する。


「エルが、そんなことするわけないだろ」

「ここにすべて書かれているので、どうぞ」


 エルレインはユルグに先ほどの蔵書を手渡した。

 それを受け取って開くと、彼女が先ほど言ったことの全容が記されていた。難しい内容は解読不能だが、確かに人……それもエルフを元に魔物へ変容させる研究をしていたみたいだ。


「な、なんでこんなことを……」

「先々代の皇帝陛下の勅命です。兵力増強のため、非道な実験も数多く行ったようで、ここにはそのすべてが保管してあります。もちろんこれはおじい様が秘密裏に複製したものですけどね」


 人を魔物に変える……そんな馬鹿な話と一蹴しそうになるが――ユルグには今の話、心当たりがあった。


 スタール雨林で遭遇した異質な魔物。既存の生物とはかけ離れた姿をしていた。

 もしあれがこの研究の成果だとしたら……エルリレオがスタール雨林を避けていた理由にも納得がいく。


 四人で旅をしていた時、エルリレオは絶対にあの場所には向かおうと言わなかった。危険だからと彼は言っていたが……もしかしたらこれも理由の内だったのかもしれない。


「でも誤解しないでください。おじい様はこれらを自らの罪として、戒めの為に残しています。あの人なりに過去の行いを悔いているのですよ」


 彼女の言葉に、ユルグはエルリレオのことを思い出す。


 ずっと疑問に思っていたことがあった。

 エルリレオはどうして魔王討伐の任に付いたのか、と。


 グランツやカルラにはそうする理由があった。

 グランツは友人である国王に頼まれたから。カルラはハーフエルフの地位向上の一助とするため。

 しかし、エルリレオだけは不明だった。どうしてユルグについてくるのか。確たる理由が存在しなかったのだ。


 もし彼の根底に罪の意識があったのなら。それの贖罪で同行していた可能性もあるのではなかろうか。

 魔王を倒して世界を救う。それは善行以外の何物でもない。

 もちろん弟子であるユルグを案じてというのもあるだろうが、今の考えだって間違いではないはずだ。


「話は分かった。でも過去の話を聞いて欲しくて俺を呼びつけたわけじゃないんだろ?」

「はい……この話は、今の状況にとっても都合が悪いのです」


 苦々しい顔をして、エルレインは語る。


「スクラインの起源は、皇家にとっては葬り去りたい過去の悪行そのものなのです。現皇帝陛下は平和を愛するお方ですから……見方によっては、いの一番に消し去りたいのはグレンヴィルでもアングラ―ドでもなく、スクラインであると私は考えています」

「つまり……目の上のたんこぶってところか?」

「はい」


 力なく頷いた彼女は、泣きそうになりながら思いの丈を語ってくれた。


「今回の騒動はおじい様には伏せてあります。知られたらきっとすべての罪を被って、皇帝陛下に免罪を申し出るでしょうから。……ですが、あの人は老い先短い。余生を穏やかに過ごして欲しいのです。冷たい牢獄で誰にも看取られずになんて、私は望んでいない」


 きっとエルレインは祖父のことが大好きなのだろう。

 過去に犯した行いを嫌忌しても、エルリレオを嫌っているような風には見えない。だからこその、今の発言だ。


 そしてそれは、ユルグも同じだった。


「それは俺も同じ気持ちだ。エルにはとても世話になった。今もだ。だから、俺に出来る事なら何でも協力する。元々それで呼んだんだろ?」

「うぅっ、いいんですか?」

「今の話を聞いて何もするなと言われる方が辛いよ」


 辛気臭い雰囲気を吹き飛ばすようにユルグは笑ってみせた。その笑顔を見て、エルレインは涙を引っ込める。


「そうは言ったが、具体的にはどうすればいい? 俺にどうこうできるとは思えないんだが……」

「ユルグさんは勇者なのですよね? でしたら皇帝陛下に謁見が叶うはずです」


 そこで――と、エルレインは提案をする。


「今回の騒動は皇帝陛下の一存で始まったことです。ですから彼女に直談判をするのが良いかと思います。本来なら私がするべきなのですが……ここで当主が出張ってしまっては、他の貴族家から要らぬ妨害を受けてしまう」

「一理あるな」

「当主としてはあるまじきものなのですが、私は貴族であることに固執していません。ですから、今回の騒動も傍観するつもりだったのです。もちろん身内からは反対の声が大きいですが……元はおじい様が賜ったものですから、私たちはそれのおこぼれに与っているに過ぎません。身の丈にあった身分が一番です」


 エルレインは我欲とは程遠い性格をしていた。

 まるで自分の師匠を見ているようだとユルグは思う。きっと彼女と同じ立場なら、エルリレオも同じことを言うだろう。


「なら、貴族の称号を差し出す代わりにエルに干渉するな。落としどころとしては中々いいんじゃないか?」

「皇帝陛下はこれに何というでしょうか……」

「それは話してみないと分からないな」


 今のアリアンネの考えはユルグも読めない。マモンだってよく分からないと言っている。彼女の心の内は誰にも知れないのだ。

 けれど、話は通じる奴だとユルグは評価している。


「俺はグレンヴィルが失墜してくれるなら何でもいい。この騒動にはそこまで興味はないんだ。だからそれを果たしてくれるなら喜んで協力させてもらう」

「あ、ありがとうございます!」


 エルレインはユルグの手を握って頭を下げた。

 彼女がこちらの約束を果たしてくれるのなら、何も文句はない。それに師匠の危機を救うためでもある。ユルグが断る理由はない。


 一つ懸念事項があるとしたら、アリアンネに会いたくないであろうマモンをどう説得するかだ。


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