逆転の一手
フィノはライエの手を引いて帝都を駆けていた。
「あ、あなたの師匠は大丈夫なの!?」
「うん、大丈夫!」
不安げなライエの言葉にフィノは即答した。
ユルグがあんな輩に負けるはずがない。彼の強さは弟子であるフィノが一番知っているのだ。だから不要な心配だ。
『ここまで離れれば一先ずは安心だ』
「う……っ、うん」
流石のフィノも全速力で駆けたから息が上がっている。足を止めて少し休憩をしなければ。
「あの看守さんを探すのよね?」
「うん。でもどこにいるかわからない」
「あそこで別れたきりだものね……でも彼が居そうな場所なら心当たりがある」
息を整えたライエは予想をフィノに話してくれた。
「あの後、盗人を送り届けたのなら拘置所まで行っているはず。とりあえずそこを目指しましょう。仮に居なくてもあの近辺を探していれば出会えるはず」
「んぅ、そうだね」
充分な休憩を取れた二人は、ライエの言った拘置所へと向かった。
そうすると、彼女の予測通り。その道中で探し人に出会えた。
「あっ――君たち、無事だったか!?」
駆け寄ってきたルフレオンは不安げな表情をしていた。
あそこで別れたきりだったのだ。ライエのことを心配して気が気ではなかったのだろう。
「会えてよかった。あなたのこと探していたの」
「そうだったのか。帝都中を駆け回らずに済んだようで良かった」
「うん。早速だけど話、きかせて」
フィノの頼みにルフレオンは頷いた。
「私の家に行こう。そこなら追手の追跡も撒けるだろう」
「わかったわ」
二人が先を行くなか、フィノは足元をついてきていたマモンへと声を掛ける。
「マモン、お師匠のところに行って」
『良いのか?』
「うん。待ち合わせ場所わからないし、マモンが知らせて連れてきて」
『了解した。あの男の家に着いたら向かうとしよう』
ユルグなら大丈夫だと信じているが、それでもほんの少し心配はしている。きっとマモンにはフィノの心を見透かされていることだろう。
伝達の為というのは建前だ。本当は師匠のことが心配で仕方がない。
それを察してマモンは静かに笑むのだった。
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ルフレオンの自宅に到着した一行は、彼の招きに従ってテーブルに着いた。
簡単なお茶を準備してくれている間にマモンはユルグの元へ向かう。
「さて、まずはどこから話そうか」
思案して、ルフレオンはフィノを見る。
「そうだな。彼女の事情を知らない君もいる。まずは私とサルヴァ、そしてライエについて話そう」
ルフレオンが語ってくれた事情というのは思ったよりも複雑だった。
サルヴァというのはライエの義父。彼女は義賊であるサルヴァに育てられた。
そしてそんな彼女の出自は、帝国三大貴族のうちの一つであるグレンヴィルの嫡子であった。
けれど彼女は、グレンヴィル当主であるガルヴァドラとその家の使用人であった人間との間に産まれた子。
当然そんな生まれの者は純血主義である貴族家には相応しくないとして、排斥されることになった。
そんな時に助けてくれたのが、義父であるサルヴァだった――。
「ここまでは理解できたかい?」
「うん」
「今の話は父から聞いたの?」
「ああ、そうだ。彼とは仲良くさせてもらっていてね。君の話も色々聞いたものだよ」
「そう……なら貴方は父に信頼されているのね」
ライエは安心したように笑みを浮かべた。
彼女の中では未だ葛藤があったのだろう。助けてくれたけれど、本当に信じていいのだろうか、と。
彼女の事情を知れば警戒するのも当然である。
「それでだね。彼女のことは今までグレンヴィルに黙認されていた。貴族家にとっては何のメリットもないしね。けれどそうも言っていられない事態になってきたんだ」
「何かあったの?」
「皇帝陛下からのお触れが出た。今ある貴族制度を廃止しようというものだ。先立って、三つあるうちの一つだけを存続させるという話になったんだ」
だから彼らは血眼になって相手を蹴落とそうと必死なのだ、とルフレオンは語った。
彼の話を聞き終えて、ライエはそういうことかと納得する。
「だから私を探していたのね」
「うん。グレンヴィルは君を消そうとし、他の貴族家は君を利用してグレンヴィルを蹴落とそうとしている。私が帝都に来てはいけないと言ったのはそのためだ」
ルフレオンから話を聞いて、フィノはどうするべきか考える。
ユルグの目的は匣の回収。そのためにグレンヴィルの力添えが必要。けれどその権力も貴族であることで成り立っている。
もしこの状況で他の貴族家に嵌められて権威を失墜させられたら、グレンヴィルが管轄している祠の件も白紙に戻るだろう。
上手くいくかは度外視して、どちらがいいかを考えた時。断然後者を取るべきだとフィノは考えた。その方がライエも犠牲にならずに済む。
きっとユルグもこちらを取るだろう。
熟考して提案すると、ルフレオンはそれに頷いてくれた。
「私もその考えには賛成だ」
意外なことにルフレオンは乗り気であった。
驚きつつもフィノは彼に理由を尋ねる。
「どうして?」
「サルヴァは五年、ああして囚われている。しかし彼の罪はあそこまで重いものではない。彼の刑罰は不当なものなんだ」
「……っ、ならどうして父は」
「グレンヴィルが圧力をかけているんだ。絶対に外に出すなと……だから私にはどうすることも出来なかった」
悔し気にルフレオンは唇を噛んで俯く。
でも――と彼は続ける。
「もし今回の騒動でグレンヴィルが失墜したのなら、サルヴァに対する圧力も消える。彼をあの場所から出してやることも可能だ」
「~~~っ! それ、本当なのね!?」
「ああ、きっとそうなる。だからライエ、君に協力してほしいんだ」
「もちろんよ!」
嬉しさのあまりライエはルフレオンに抱き着いた。
それに彼は慌てながら顔を赤くする。
「うっ、嬉しいのは分かったから! はは、離れてくれないか……その、胸が当たっている」
「ご、ごめんなさい。嬉しくって、つい。父にも同じことをしていたから……ダメねこんなんじゃ」
「い、いや! そんなことはない! 嫌ではないのだが……私なんかよりもサルヴァにしてやってくれ」
「うん、そうね」
本当に嬉しそうに笑ってライエは身体を離した。
フィノもルフレオンの計画を聞いて、そしてライエの反応を見て嬉しく思う。
彼女はずっと父親に会いたがっていたのだ。それが目前のところまで来ている。なら、ここで手を貸さない道理はない!
「ライエ! フィノにも手伝わせて!」
「え、いいの?」
フィノの突然の申し出にライエは申し訳なさそうに眉を下げた。
「うん。また襲ってきたら困る。お師匠はちゃんと説得するから」
「私からもお願いしたい。まだまだ気は抜けない状況だからね。事が終わるまで彼女を護衛してくれると有難い」
「まかせて!」
ドンッ――と胸を叩いたその直後、玄関のドアがノックされた。
家主であるルフレオンが出ると、そこにいたのは黒犬のマモンとユルグだった。




