獣の如き強襲
時間通りに広場に着いたユルグはフィノとマモンの到着を待つ。
少し経つと、遠くから見慣れた人影が近づいてきた。
「お、おししょう!」
焦っているのか。拙い喋りをするフィノにユルグは訝しんだ。
何か慌てている風にも見える。険しい顔をしたユルグは二人の後ろに誰かの姿を見つけた。
「どうした?」
「す、すこし大変なことになって……あの」
「とりあえず落ち着け」
深呼吸をさせて、ちらりとユルグは目線を走らせる。
フィノが連れてきたであろう人物はハーフエルフだった。それも菖蒲色の瞳に、火傷痕の――ガルヴァドラの探し人である。
それに気づいたユルグは、どうするか。思案しながらフィノの言葉を待った。
「あの、ライエ追われてて。助けてあげたいんだけど、何がおこってるのかわからなくて」
「……そこのお前は? 心当たりはないのか?」
「いいえ、何も思いつかない……ごめんなさい」
三人ともが暗い顔をする中、ユルグはどうするべきか考える。そして答えを出した。
「実は俺も困っていたところなんだ」
ふいの一言に、全員の視線がユルグへと注がれた。
じっと見つめられながらユルグは続ける。
「祠はグレンヴィルの管轄だ。立ち入りの許可をもらうには人探しをして欲しいと交渉された」
「たしか……さっき襲ってきた人たち、スクラインとアングラ―ドって言ってたよ」
「それは帝国三大貴族の家名ね。……グレンヴィルもそれに入る」
『ふむ……随分ときな臭いな』
この事件の裏に貴族どもが関わっているのは薄々みんな感づいていた。それを知って、ユルグは強硬に出る。
「ああ、それで……俺の探し人なんだが。もう言わなくても分かるよな?」
ユルグが見据えるのは探し人であるライエ。その視線に気づいたフィノは、慌ててユルグに待ったをかけた。
「お師匠、まって! 理由もわからないのに連れていくの!?」
「どんな理由があろうと俺たちには関係ないだろ。これが一番の近道なんだ。こんなところで道草を食っている暇はない」
「そ、そうだけど……そうだけど! フィノはライエのこと、助けたい!」
一歩も引かないフィノの態度に、ユルグはそれを見据える。
フィノがユルグの意見に反対するのは予め分かっていたことだ。けれど、はいそうですかと了承するわけにもいかない。
「そう思うならお前はどうするべきだと思う? 解決策も出さないで助けたいは通らない」
もっともな事を言うと、フィノは難しい顔をして逡巡したのち作戦を打ち出した。
「ルフレオン……事情をしってる人に話を聞きにいく! お師匠もついてきて!」
『己もそれが最善だと思うがな。今はとにかく情報がなさすぎる。すべてを知った上でどうするか決めても遅くはないはずだ』
フィノとマモンは同じ考え。今この場ではユルグだけが除け者である。
二人の意見を聞いてユルグは仕方ないな、と諦めた。
「はあ、わかったよ」
マモンの言う通り、事情を知った上で決めても遅くはない。もしかしたらグレンヴィルとの交渉よりももっと良い条件が見つかるかも。
「それで、そのルフレオンってのはどこに――」
仔細を聞こうとした、その瞬間。
ユルグの背後から異様な圧が伝わってきた。次いで爆音が鼓膜を揺るがす。
「やあっとみつけたぜぇ!」
上背が二メートルもあろうかという大男。
ここに来る道中、絡まれたのか絡んだのか。ボロ雑巾のようになった男の頭を鷲掴み、引き摺っている。
まるで人形のようだと錯覚するほどに軽々と振り回しているのを見るに、化け物だということは一目瞭然だ。
それが一行の前に立ちはだかった。
熊のような大男は、ライエを指差し笑みをたたえる。奴の狙いが何なのか。ユルグは瞬時に察した。
「――っ、逃げろ!」
「はっはぁ! させるかよ!」
猛獣のように吠えた男は引き摺ってきたモノを振り回すと、それをあろうことか投げつけてきた。
七十キロは超えるであろう物体が、一直線に向かってくる。あれに直撃されたら死んでもおかしくない状況だ。
誰よりも早くそれに反応したユルグは、刹那の一瞬で正面に〈プロテクション〉――絶対防御の障壁を張り出した。
バンッ――と音を立てて飛んできた人は透明な壁にぶつかる。脳みそをぶちまけて絶命した死体を認識するよりも早く、ユルグはフィノに向かって声を張る。
「あいつは俺が食い止める。お前はそいつを連れてさっさと行け!」
「で、でも」
「話している暇はない。助けたいなら今すべきことを考えろ。分かったな?」
「うん」
フィノは迷いなく頷いた。
走り去っていくフィノを背後に見送って、ユルグは大男を睨みつける。
「いきなり悪趣味な事をして……なんなんだお前は」
「そっちこそ、俺の邪魔しやがってよぉ。ムカつく野郎だ」
一触即発の空気に、先に動いたのは男だった。
上背のある巨体から繰り出されるのは、意外にも俊敏な動作。殴り抜かれた拳を紙一重で避けたユルグは、一足飛びで距離を開ける。
背中の剣に手を掛けると同時に、男は嬉しそうに吠えた。
「お前、腕が立つな? 強い奴は好きだぜ。退屈しねえ」
「そりゃどうも。俺は迷惑してるんだ。お前みたいな変人に絡まれて、最悪の気分だよ」
嫌味を言いながら相手の出方を伺う。
奴の武器はさっきの死体から奪ったであろう両刃の剣と、どこからか拾ってきた鉄の棒。あんなものでもあの巨体から繰り出されたのなら立派な凶器だ。
とはいえ相手が近接一辺倒ならばユルグの敵ではない。魔法が使えて臨機応変に動けるこちらの方が圧倒的に有利だ。
しかし、男の実力は未知数。油断はしない方がいい。
見定めていると男は無造作に剣を手に取って、ユルグへ語りかける。
「お前なんて名だ? 俺はグァリバラって言うんだがよ」
「野蛮人に名乗る名は持っていないんだ」
「はははっ! 言ってくれるじゃねえか! 久々に楽しめそうだ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、男――グァリバラは突っ込んできた。




