慌ただしい逃走劇
ライエを連れて走り出したフィノは、絶賛面倒ごとに巻き込まれていた。
「んぅ、しつこい!」
どこまで走っても彼らは追いかけてくる。ライエを狙っていると分かってはいるが、その理由が判然としない。
何か目的あってのことなのか……しかし、今はそれよりもあの男たちを巻いて逃げ切ることが優先だ。
「ライエ、だいじょうぶ!?」
「え、ええっ……大丈夫」
息を切らせながら走るライエは限界が近づいてきていた。いつまでも逃げられない。
それを察したフィノは、ここで迎え撃つことにした。
「マモン、援護おねがい!」
『あいわかった』
立ち塞がったフィノを見て、二人の男は即座に臨戦態勢に移行する。
懐からナイフを取り出すと、一直線に突っ込んでくる。しかし闇雲の突撃ではない。一連の所作を見て、フィノは彼らが只者ではないことを見抜いた。
普通の追手とは何かが違う。
その何かがフィノには分からないが、武器を持った以上こちらを害す意思はあるということだ。だったら容赦はしない!
「退かなければ殺す!」
フィノと対面した男のナイフ、その切っ先はまっすぐにフィノの喉元を狙っていた。
相手の武器が小回りの利くナイフなら、剣を抜いても後手に回る。だったら、とフィノは空手で男と対峙した。
「素手だと!? なめられたもの――」
全て言い終える前に、男は地面に倒れていた。
フィノの首筋を狙ったナイフの狙いは正確だった。しかしフィノはそれを紙一重で回避。カウンターで風魔法による衝撃波を使って男を気絶させたのだ。
「――ぐべっ!」
同時に蛙の潰れたような声が聞こえてくる。見るとマモンがもう一人の男を倒していた。
ただの犬がいきなり二メートル越えの巨体に変化したのだ。初見でそれに適応して、ましてや倒すことなど不可能に近い。
「大丈夫!?」
「ライエは? 怪我してない?」
「私は無事よ。今はあなたの方が心配」
ライエは布切れを取り出すと、フィノの手のひらに巻いてくれた。
どうやら先ほどナイフの攻撃をいなした時に切れてしまったらしい。魔法の威力調節に神経を割いていたから攻撃を完璧に避けるのがおろそかになってしまったのだ。
こんなところをユルグに見られてはまだまだだと言われてしまう。
「ありがとう」
「うん。だけど、こいつら……」
『拘束して捨て置くべきだ。追われているなら目立つ場所にいるべきではない』
黒犬が喋って突然ヒト型に変化した。それにライエは驚きつつも、マモンの言に賛成して頷いた。
「そうしましょう。でも、看守さん大丈夫かな……」
「ライエはどうして追われてるのか理由、わからない?」
「ええ、まったく」
ライエには心当たりがないようだ。そうなれば事情を知っていそうなルフレオンに話を聞いた方がいい。
『フィノ、どうする? 逃げるか、あの看守を探すか。そろそろ集合時間でもある。広場に向かうという手もある』
「んぅ、……お師匠に相談してみよう」
フィノの決断にマモンは頷く。
ユルグがこの状況を見てどんな答えを出すのか。厄介ごとを嫌う彼のことだ。きっと放っておけと言うだろう。
でも目の前で困っている彼女を放ってはおけない。すでにフィノも関わってしまったのだ。ユルグが何を言ってもこれだけは曲げられない。
「今からお師匠に会いに行くから、ライエも着いてきて」
「お師匠? 連れがいるの?」
「うん。とっても頼りになる……と思う。たぶん、きっと」
歯切れの悪い返答に、ライエは不思議そうに首を傾げた。




