帝国三大貴族
山を越えて、平野を歩き――二人と一匹が帝都ゴルガに着いたのは旅立って四日目のことだった。
「けっこう賑わってるね」
『うむ。先代の皇帝が亡くなったというのに……まるでそれを感じさせない雰囲気だ』
二人の会話を聞きながらユルグも帝都の街並みに目を向ける。
確かに、あの皇帝が隠れた後でこの様子は意表を突かれる。先代皇帝、ジルドレイは国民から見たらあまり良い統治者ではなかった。
優越思想のエルフでハーフエルフの弾圧を行っていた。純血のエルフたちにはそれでも良かっただろうが、その分のしわ寄せは他にいく。
不満を持っていた輩もそれなりにいたはずだ。
「皇帝が変わったってことは制度も変わったってことだ。このままアンビルに向かって祠に行くのは良いが……門前払いをされる可能性もある」
「どうするの?」
「少し情報を集めよう」
ラガレットから出ていないから、今アルディア帝国がどうなっているか。一行は何も知らない。情報収集は必須だ。
「二手に分かれる。お前はマモンと一緒に行動しろ」
「んぅ、わかった!」
「集合は帝都の広場、一時間経ったら戻ってこい」
別れたユルグは情報が集まる酒場へと向かう。
飲みもしない酒を片手に話を聞いて回ると、面白い話が色々と聞けた。
「それ、本当か?」
「ああ、皇帝陛下も何を考えているのか……だが、この噂はかなり信憑性があるぜ。なんたって、貴族どもの動きが活発になってきてる。今は表立って騒ぎは起きていないが、それも時間の問題だろうなあ」
「なるほど……面倒だな」
ユルグが仕入れた情報は、帝国三大貴族の『グレンヴィル』『スクライン』『アングラ―ド』が、方々で怪しい動きを見せているというもの。
なぜそんな事態に陥っているのかといえば、皇帝の勅命があったからだ。
皇帝――アリアンネは、現存している貴族制度を撤廃すると宣言した。今まで優遇していたものをなくして全てを平等に扱う腹積もりらしい。
もちろんそんなことをすれば貴族たちからの反発は相当なものだ。だから、それを見越してアリアンネはある策を打ち出した。
貴族家として存続できるのは、ただ一つ。三つの貴族家の内、一つだけに貴族の全権を委ねる事を約束したのだ。
「そりゃあ荒れるはずだ」
「俺たち国民からしたら有難い限りだ。なんたって我が物顔でふんぞり返っていた奴らが潰し合ってくれるんだからな! 酒も美味くなるってもんよ!」
男の話を聞いてユルグは思案する。
正直言って帝国内のいざこざはユルグには関係ない。勝手にやってくれ、と言いたいところなのだが……問題が一つ。
今現在、アンビル周辺を管轄しているのがこの三大貴族の一つである『グレンヴィル』なのだ。
「簡単にはいかないってわけか」
平時ならば何も問題はなかっただろう。
しかしタイミングが悪いことに、今は貴族同士で潰し合っている最中。彼らに交渉を持ち掛けたのなら、最悪何かしらの片棒を担がされる可能性だってある。
「さて、どうするかな」
酒場を出たユルグは帝都を当てもなく歩き、情報を整理する。
まずグレンヴィルに接触するのは必須だ。許可を取らずに侵入すれば不審者として捕まってしまう。そうなればどれだけの時間拘束されるか分からない。ここは安全を取るべきである。
一つ引っかかっているのは、アリアンネの行動。
三つの貴族を焚きつけて潰し合わせる。きっとこの話には裏があるはずだ。単純に考えるならば……とりあえずの時間稼ぎだろうか。
貴族制度の撤廃を本来は望んでいたが、それをしてしまうと反発が強すぎる。だから各々潰し合わせて貴族どもの力を削がせるのが目的か。
「権力者どものやることはよくわからん」
そういうものとは無縁の人生を送ってきたユルグにとっては至極どうでもいい話である。
しかしそれが道行を塞ぐのなら、何とかしなければ。
「グレンヴィルか……話をするだけしてみるかな」
集合までまだ時間はある。フィノを連れて行けば、ハーフエルフ云々でややこしい展開になるのは想像がついた。
今はユルグ一人だけで行動するのが最善だろう。




