贅沢な悩み
――一月後。
ユルグはこの日、エルリレオに怪我の診察をしてもらいにアルベリクの家を訪れていた。
「ふむ……、どこか身体に異常はないかね? 動かしづらい、力が入らない、感覚がない」
「大丈夫だよ。どこも問題ない」
「なら安心だ。予想より怪我の治りが早い。儂の喝が効いたかね」
笑って冗談を言うエルリレオに、ユルグもそこが気になっていた。
明らかに怪我の治りが早いのだ。きっと竜人の四災に食わせられた心臓が少なからず影響しているのだろう。
しかしそれ以外に目立った症状もない。身体もこのように元通りだし異常はどこにもないのだ。
エルリレオからお墨付きをもらったユルグは脱いでいた服を着なおす。
それを見つめてエルリレオはユルグに尋ねた。
「やはりミアは置いていくのかね?」
「うん。流石に無理はさせられない」
「うむ……確かにその通りだがね」
「最近体調もあまり優れないみたいだから、出来れば気にかけてやってほしい」
ユルグのお願いにエルリレオは蓄えた髭を撫でつけながら苦言を呈する。
「それはもちろんだが……本来ならそれはユルグ仕事だろう?」
「すまない……でもこれは俺がやらなきゃいけない事なんだ。他の奴には任せられない」
苦虫を嚙み潰したように苦しい顔をする弟子の様子に、エルリレオはかぶりを振る。
「意地の悪いことを言った。許してほしい。お主を責める気は毛頭ないよ」
「あまり虐めないでくれよ」
「そうさなあ、もうユルグも子供ではないのだな」
しみじみと語ってエルリレオはにっこりと笑った。
「あいわかった。ミアのことは任せなさい。その代わり、長引くようなら近況報告の手紙の一つや二つ出してやらねばな。ミアが心配してしまう」
「うん。そうするよ」
エルリレオと約束を交わしてユルグは家を後にした。
ミアから頼まれたおつかいを済ませて山小屋へと戻ると、視界の先にあるものが見えてユルグは血相を変えて駆けていく。
「――っ、ミア!」
小屋の前ではミアが雪の中にうつぶせに倒れていた。
急いで駆け寄って身体を起こす。
「うう~、っあ、ユルグ? おかえり」
「おかえりって、こんなところで何を」
「少し眩暈がして、そんなに血相変えなくても大丈夫よ」
あはは、なんて呑気に笑っているミアにユルグは安堵に胸を撫でおろす。
「立てるか? とりあえず中に入ろう」
「うん」
肩を貸してミアを小屋の中に入れる。
足取りは大丈夫そうだ。椅子に座らせると、手早く怪我の有無を確認する。
「怪我はしてないか?」
「うん、雪の上だったから大丈夫」
「そうは見えない」
体調が悪いとは言っていたし、ユルグも気を付けていたがこんなものを目にしてしまっては、はいそうですかとは言えない。
「俺が留守の間、ここに一人きりになるだろ?」
「うん」
「そんなんじゃ心配だ。やっぱりエルの所に行っていた方がいい」
「べ、べつに死ぬわけじゃないし大げさよ」
慌てて手を振るミアの腕を掴んでユルグは食ってかかる。
「あまり無理をするとこっちに悪い」
腹部に手を当てて言い聞かせると、ミアは唸りながらも分かったと答えた。
「フィノが来たらエルの所に行こう。俺が送っていく」
「ここでユルグの帰り待っていたかったんだけど、仕方ないね」
残念そうにミアは呟く。
しょんぼりと肩を落とす彼女の様子を見て、何をそんなに拘ることがあるのか。ユルグには理解できなかった。
「どこにいても同じじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、私はここが良いのよ。うまく言えないんだけど……一番におかえりって言ってあげたいのかな」
「う、……ありがとう」
ミアの思いを聞いてユルグは少し恥ずかしくなった。わざとらしく視線を逸らして明後日の方を見ていると、ミアはユルグの肩に手を置く。
「ごめん、すごくねむい」
「ベッドまで行ける?」
「うう、むりぃ」
「はいはい、わかったよ」
ユルグの身体に寄りかかるとぐずった子供みたいな声を上げる。
それに苦笑して、ミアの身体を支えると寝台の上に寝かせる。するとすぐに寝息が聞こえてきた。
本人は普段通りに過ごせると思っているけれど、実際に体調の悪さは顕著に出ている。
眩暈に気分の悪さ、眠気。最初は少し調子が悪いのかな、と本人も気にしていなかったが流石にこれは心配になる。
ユルグも気になってエルリレオに大丈夫なのかと聞きに行ったほどだ。結果は大病などではなく、身重の女性にはよくあることなのだという。
大げさに騒ぐことではないと、エルリレオにも経験者でもあるティルロットにも言われた。そういうものらしい。
けれど色々と大変だから支えてあげて、と頼まれた。
もちろんそのつもりではあるが、留守にする間は傍にはいられない。
それがここ数日のユルグの悩みの種であった。




