意地っ張りの心配り
カルロが村へと帰った後、ミアは終始落ち着きがなかった。
理由を聞いてみればどうやらフィノの来訪を心待ちにしているらしい。
「フィノが来たらご馳走用意しなきゃね。今から仕込みをしておいて……うーん、何がいいと思う?」
「別にそこまで張り切らなくてもいいだろ。いつも通りでいいんだよ」
「なあんでそんなこと言うかなあ。久しぶりに会うんだからいいじゃない!」
「そもそもいつ来るかも分からないだろ」
ミアと違ってユルグは淡泊だった。
久しぶりに会えるのだ。それだけでミアは嬉しいのに、ユルグの態度は素っ気ない。
「なんで冷たくするのよ。かわいそうじゃない」
「冷たくなんかしてないよ」
不満げなミアと対照的にユルグは普段と変わらない。
そういえば、フィノに対してはいつもこんな感じだったような。
ミアがそれに気づいた直後、ユルグは寝台から身体を起こすと立ち上がった。いそいそと身支度をすると外套を羽織る。
「どこか行くの?」
「いいや」
「じゃあなんでそんな恰好するのよ」
「……少し散歩してくる」
もごもごと答えてユルグは外へと出て行った。
それを見送ってミアは苦笑を浮かべる。
「誤魔化さなくてもいいのに」
ユルグは散歩といって外に出ていくが、彼が戻ってくるのは数時間後だ。
ただの散歩にしては長すぎる。しかもこれが毎日。流石にミアも気になって、こっそり様子を見に行くと小屋の傍のログベンチに座って遠くを見ていた。
外は曇り空、少し雪が降っていて天気が良いとはいえない。それなのに何時間もそんな調子だから、ミアもユルグが何をしたいのか分かってしまった。
「もう……素直じゃないんだから。気になるならそう言えばいいのに」
口ではあんな事を言っているけれど、本当はフィノのことを心配しているのだ。
ユルグを知る人が見れば驚くだろう。けれどミアには今のユルグは見覚えがあった。
昔の、勇者として村を出ていく前の彼と同じなのだ。根本的なところは何も変わっていない。それを感じてミアは嬉しくなった。
「風邪ひくといけないから毛布でも持っていこうかな」
===
それから二日後。
数日前に村を発ったフィノはようやくメイユの街に到着した。それも束の間、フィノはすぐにユルグの元へと向かう。
逸る気持ちを抑えながら山道を辿っていくと目的地の山小屋が見えた。
「あっ!」
駆け寄る前にあるものが視界に入ってフィノは一度立ち止まった。
天を仰ぐと、曇り空からは雪が降ってきている。それを見てますます疑問が募っていく。いったいどういうつもりなんだろうか?
「お師匠、こんなところで何してるの?」
近づいて話しかける。
ログベンチに寝そべって毛布を頭から被った彼は、それをずらすと目を細めてフィノを見た。
「昼寝してるんだ」
「外で? 雪もふってるよ」
「ああ……うん。そうだな」
ユルグは起き上がると身体に積もった雪を払う。
フィノにはなぜユルグがこんな外で昼寝をしているのか。理由が分からなかった。天気も悪いし、晴れてもいない。これが昼寝日和なわけがないのだ。
なんだかおかしな師匠の様子に、フィノはそれらしい訳を探ってみる。
「ミアとけんかした?」
「なんでそうなるんだ」
「だって、追い出されたのかと思ったんだもん」
「そんなわけないだろ。まったく……」
一番あり得そうな理由を挙げてみると、ユルグは苦笑しながら否定する。
よくわからないなあ、なんて思っていると先にユルグが話の口火を切った。
「久しぶりだな。少し喋るのが上手くなったんじゃないか?」
「うん。いっぱい練習したんだ。村のみんなも優しいよ」
「そうか」
フィノの返答を聞いてユルグは安心したように息を吐く。その様子を見てフィノはカルロが言っていたことを思い出した。
あれでも心配しているんだ、とカルロは言っていた。今の態度を見て本当だったんだ、とフィノは意外に思う。
「中に入ろう。ミアが待ってる」
「うん」
雪を払ってユルグの後に続く。
小屋の中に入ると、フィノの姿を見るなり待っていましたと言わんばかりにミアが抱き着いてきた。
「フィノ、元気にしてた? すっごく心配してたんだから!」
「う、うん。なかなかこれなくてごめん」
「いいのよ。こうして会えたんだから」
嬉しそうに笑ってミアはフィノを座らせてお茶を淹れてくれた。
「まっすぐここまで来たの?」
「うん」
「じゃあ後で街の方にも行かなきゃね。みんなも会いたがってるから」
ミアの提案にフィノは頷く。
エルリレオやアルベリク……みんなにもお別れを言わずに村に残ったのだ。ミアと同じく心配しているはずである。
「今日はこっちに泊まっていくでしょ?」
「え?」
「うん、それが良いんじゃない? ね、ユルグ?」
「ああ、かまわないよ」
フィノが何かを言う前に勝手に決まっていく。
「んぅ、でも邪魔じゃない?」
「何言ってるのよ。気にしないで。カルロにも言われたでしょ?」
「うん。いわれた」
「じゃあ気にしない! 誰もダメだなんて言ってないしね」
ミアの押しに負けてフィノは頷く。ちらりとユルグを見やると目が合う。何も言ってこない、ってことはそれで良いということだろうか?
お茶を飲みながら考え込んでいると、落ち着く暇もなくミアは立ち上がった。
「それじゃあ今日はご馳走ね。食材買いに行かなきゃ。そうだ、フィノも付き合ってよ」
「んぅ、いいよ」
「ついでにみんなの所にも寄ってこよっか。ユルグは留守番おねがい」
「ああ……そうだ。マモンも呼んできてくれないか」
話があるんだ、とユルグは言う。
それを聞いて、そういえばユルグには大事な話があると言われていたのだ。きっと後で話してくれるのだろう。
「じゃあ、いってくるね」
「いってらっしゃい」
送り出してくれたユルグを見て、フィノはあることに気づく。
数か月前に別れた時よりも顔色が良い。
「ユルグ、元気にしてた?」
「うん。今は怪我の療養中だけど、体調は良いみたい」
「……そうなんだ」
いつも一緒にいるミアがそう言うならそうなのだろう。寿命のことを考えれば心配ではあるが今はその憂慮をしまっておくことにしよう。
「どうしたの?」
「う、ううん。なんでもない。そういえばさっき、お師匠へんなことしてた」
「変なこと?」
うん、と頷いてフィノは先ほど見たことをミアに話す。
「雪がふって寒いのに、外で昼寝だって。おかしいからミアとけんかしたの? ってきいたら違うっていわれた」
「ああ、それね」
フィノの話を聞いてミアは可笑しそうに笑った。
何か心当たりでもあるのか。不思議そうに見るフィノに、ミアはわけを話してくれる。
「あの人、ここ数日ずっとフィノが来るのああして待ってたのよ。散歩に行ってくるとか言っちゃってさ。素直じゃないよね」
「……そうなの?」
「フィノが思ってるよりもユルグはフィノのこと気にしてるよ。私がそう思うんだから間違いない!」
自信たっぷりに言うミアにフィノは笑みを浮かべる。
ここに来るまでは迷いがまだあった。けれどそれはフィノの思い過ごしで、二人はフィノのことを温かく迎えてくれた。
フィノにはそれがとてもうれしかったのだ。




