よすがとする
――数日後。
エルリレオは怪我の完治には二ヶ月はかかると言った。
怪我の痛みが消えるまでが一月。そこから体力を戻したり機能回復の訓練に一月。
仕方ないとはいえ、そこまで悠長にしても良いのかと言われれば首を縦には振れない。
今もまだ大穴から瘴気は溢れているのだ。それを何の対策もなく放置している状態。魔物の脅威は未だなくなってはいない。
『しかし、動けなければどうしようもないだろう?』
「まあ、そうなんだが……」
ユルグの焦燥をマモンも理解してくれている。けれど現状何も出来ない。もどかしさは感じるが、今は焦るべきではないというのが、マモン……それと師匠であるエルリレオの意見だった。
ユルグもそれには賛成だが、ずっと寝て起きての生活を続けているのでは心穏やかではいられない。
そんな中、二人の話を傍で聞いていたミアがある提案をする。
「フィノにお願いしてみたら?」
大事な用事があることはミアにも察しがついた。
ユルグは今こんな状態だし、動けない。出来ないなら誰かに代わってもらえないのか、とミアは考えたのだ。
けれどそれを聞いたユルグはあまり良い顔はしなかった。
「それは……出来れば避けたい」
「どうして? フィノだってユルグに頼み事されたら喜んで来てくれると思うけどなあ」
ユルグを心配しての提案だったが、ミアはフィノのことも気遣ってこんな事を言ったのだ。
離れてからまだ一ヶ月も経っていないけれど、フィノが寂しがっているであろうことはミアにだって分かる。でも師匠であるユルグはまったくその事を話題に出さない。心配していない、なんてことはないだろうけど……一緒に旅をしてきたのだ。あんまりじゃないか。
だから思い切って聞いてみた。
ミアはこうして見守る事しか出来ないが、フィノならユルグのことを助けてやれる。そう思ってのことだ。
『こやつは誰も巻き込みたくないのだよ。今更ではあるが……弟子を想ってのことだ。分かってやって欲しい』
マモンの助言に、ユルグは居心地が悪そうに布団を被って聞こえないふりをする。
その様子を見て、ミアは図星なのだと確信した。なんとも彼らしい優しさではあるが……だからって、ずっと秘密にされて大変な時に助けてもあげられないなんて。
これを聞いたらフィノがどう思うかなんて、ミアにはすぐに想像がつく。
「でも……」
『今すぐにどうにかしなければ、というものでもない。ミアは心配しなくともいいよ』
「……そう。ならいいけど」
努めて明るく振る舞っているマモンの様子を見て、ミアは身を引いた。胸の奥にモヤモヤを抱えたまま口を噤む。
何が正解かなんてミアには分からないが、自分が口出しできる問題ではないのだ。
「そうだ。そろそろ包帯変えないと」
ユルグの世話はミアがしている。本当は本職の薬師であるエルリレオに任せた方が良いのだろうけど、毎日山小屋に通えるほど体力もない。だからそこは自分がやると買って出たのだ。
まだまだ素人だけど、エルリレオに師事しているおかげか。簡単な処置ならミアだけでも出来るようになった。おかげで忙しい日々を送っている。
『そろそろお暇させてもらうよ』
「もう行っちゃうの?」
『アルベリクのおつかいに付き合ってやらんと。これでも忙しいのだよ』
「ふふっ、お互い様ね」
笑顔でマモンを送り出したミアは、踵を返して寝台に近付く。
「ほら、いつまでそうしてるのよ」
「……」
声を掛けるとユルグはおずおずと布団から這い出してきた。なんだか気まずそうにしながら溜息を吐く。
何をそんなに思い詰めているのか。不思議に思いながら汚れた包帯を変えていると――
「フィノのこと、少し考えさせてくれ」
さっきはにべもなく断られたというのに、意外な事をユルグは言ってきた。
きっと何かしら思う所はあるのだろう。旅の最中ではぞんざいに扱うこともあったけれど、あれでも弟子の事は心配しているし気にしているのだ。
「相談ならいつでものるからね」
「うん。ありがとう」
「でもまずは早く怪我を治すこと! こんなのフィノに見られたら泣き付かれちゃう」
「いっつ……、もっと優しくしてくれよ」
涙目で訴えてくるユルグに、ミアは喝を入れるように背を叩く。
以前、ユルグはミアに約束してくれた。共に生きていく、それを諦める事はしないと。
だからこそ、ミアはただ信じて支えるしかないのだ。




