腹の底
二人の前に姿を現わしたのは以前見た赤い竜人だった。
その身体のほとんどは骨が剥き出しになっている。構築途中の竜体は前よりも脆く見えた。
「交渉の続き……というのはあの馬鹿げたモノのことか?」
竜人はユルグを見下ろしながら問う。
無償で手を貸せ、なんて言ったのだ。未だに根に持っていたとしても仕方のないこと。
「お前がここから出られるように協力する。だから瘴気をなくす手伝いをして欲しい」
ユルグの言う瘴気をなくす方法というのは、すべての大穴から四災を解放することである。もちろんこの竜人だってそれを理解している。
言ってしまえば、彼がこの大穴から出る事がユルグの大願の第一歩となるわけだ。
しかしどういうことか。竜人の四災の返答はあまり良いものではなかった。
否――ユルグの予想とは違う答えを彼は提示したのだ。
「最終的に地上から瘴気をなくす。それが果たせれば方法は問わない。その条件ならば協力してやろう」
含みのある物言いにユルグは元よりマモンも困惑した。
明らかに怪しい。言葉の裏に思惑が見え隠れしている。
『……どうする? あの言動、怪しげではあるが』
背後からのマモンの助言にユルグは考え込む。
四災に協力してもらわなければ打つ手なしの状態なのだ。ここで揉めたのならまた振り出しに戻る。彼が協力的な今が千載一遇のチャンスだ。
「……何をするつもりだ?」
「はははっ、そう警戒しなくとも良い。お前たちに害を成すつもりはない」
竜人は上機嫌に笑う。そして意外な事を語り出した。
「地上から瘴気をなくす。それは可能だ。お前が成そうとしている方法であれば。だがそれ以外にも手段はある」
「そんなものがあるのか?」
半信半疑なユルグの問いに竜人は頷きを返す。
「前にも言ったが、瘴気とは副産物だ。この場所から俺たちがすべて解放されれば消えてなくなる。だがその対象はすべてではない」
「どういうことだ?」
「この一連の騒動の黒幕、とでもいうのか。お前たち無人の生みの親でもある奴は、俺たちのように封じられているわけではない」
予想外のことを竜人の四災は語った。それに二人は驚愕する。
彼が言ったのはおそらくログワイドが出会った四災……竜人の彼がゼッシ、とか呼んでいた者のことだ。
それがまさか野放しにされたまま、というのは思いもしなかった。
「で、でもそいつは大穴の底にいるんだろ!? どうして」
「さあな。それは俺にも分からんが……今まで大人しくしているということは何かしらの理由があるはずだ」
真意までは、竜人の四災の力をもってしても不明らしい。
「ゆえに地上を覆っている瘴気は三つの大穴からなるものだ。つまり、それだけを解放できればお前の目的は達せられる、ということだ」
ニヤリ、と竜人は笑みを深める。
ここまで話を聞いて、ユルグもこの四災が何を企んでいるのか。薄々感づいていた。
「そいつ一人だけを封じようってわけか?」
「ふっ、物騒な事をいうな。だが、不可能ではない」
ユルグの問いに竜人は否定も肯定もしなかった。やはり腹の内はそう簡単には明かせないということか。
けれどどちらにせよ瘴気がなくなるのなら、ユルグにとってはどんな方法を取ろうが些細な問題である。寧ろ協力的である竜人の四災の言い分を飲んだ方が都合が良いかもしれない。
「分かった。好きにしたらいい」
「ならば交渉成立だ」
差し出された竜人の手を握って、握手を交わす。
これが悪魔との取引にならないことを願って。




