赤っ恥にまみれる
外に行っていたミアとアルベリク。それとティルロットが帰ってきた。
「にいちゃん、おはなし終わった?」
「ああ、もういいよ」
帰ってきたアルベリクはドタドタと忙しなく駆けていってエルリレオに纏わり付く。
それと入れ替わりで今度はミアがユルグの傍へと寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「うん。問題ない」
「なあんだ。エルにこってり絞られてると思ったから慰めてあげなきゃって思ってたのに。平気そうじゃない」
「ガキじゃないんだから泣くわけないだろ」
マモンを抱き上げて話すミアはご機嫌である。何かあったのか、と不思議に思っているとそれを傍で見ていたティルロットが嬉しそうに二人の間に割り入ってきた。
「ミアから話は聞いたわよ。おめでとう。今日はご馳走たくさん作ってあげるからね」
彼女の話を聞いて、マモンとエルリレオは話が見えていないのだろう。不思議そうな顔をする。それに一人顔を青くしているのは当事者であるユルグだった。
「何かあったのかね?」
「あれ? お弟子さんから聞いていなかったの? 困った人ねえ」
うふふ、と含み笑いをするティルロットの言葉を受けて、師匠の鋭い眼差しがユルグを射貫く。マモンも同様、何事かとこちらの様子を窺っている。
『ミアよ。何か良いことでもあったのか?』
「えっ、ふふ……実はね」
ミアはゴニョゴニョとマモンに耳打ちをする。
それにマモンが驚く前にアルベリクが得意げに宣言した。
「ケッコンするんだって!!」
飛び出したカミングアウトに、蚊帳の外だった二人は大いに驚く。
それよりも前に、質問攻めにされる前にユルグは勢いよく立ち上がった。
「あ、アルベリク!」
「なに?」
「剣の稽古つけてやるから、外行くぞ」
「えっ!? いいの!? やった!!」
喜ぶ少年を引き摺るようにユルグはアルベリクの手を引くと、そそくさと外に出て行ってしまった。
残されたミアと三人は固まったまま顔を見合わせる。
「もしかして、あれ。恥ずかしがってる?」
『もしかしなくてもそうなのだろうなあ』
「別に恥ずかしがらんでも……めでたいことだろうに」
「うふふ、若いって良いわねえ」
エルリレオは呆れながらもお茶を淹れてくれた。それを頂きながらミアはそれで、と話を続ける。
「婚約指輪、もらったんだけど。これ、私の分だけなんだ。だから今度は私からユルグにプレゼントしたいなって思って」
「うんうん、それは良いことだ。きっとユルグも喜ぶだろうよ」
――だから働き口を探しているのだ、とミアは締めくくった。何をするにしても金は必要なのだ。そしてそれは自らの努力で成したい。
ミアの気持ちを汲んでくれた皆は頑張って、と背中を押してくれた。
「働くって言っても、せっかくの二人で過ごせる時間ですもの。日がな一日傍に居られないっていうのは頂けないわよねえ」
「ううむ……ならば儂の仕事の手伝いなどはどうだ?」
「エルのお手伝い?」
「そうだ。儂も老齢でなあ。薬草を採ってもらって薬にしてはいるが、それも少々キツくなってきたのだよ」
だから代わりに出来る弟子が欲しいのだ、とエルリレオは言った。
「技術ならば教えてやれるのでな。儂の元で少し学んでみてはどうかね?」
「っ……いいの?」
「もちろんだ。ミアはユルグよりも薬師として才能がありそうだし、悪い話でもあるまい」
エルリレオの提案にミアは快諾した。こんなに良い話はない!
「善は急げという。早速今日から始めようか」
『それがいい。ちょうど今から留守にする予定がある。ミアはその間、師事しているといい』
「ユルグとマモン、どこか行くの?」
『少し急用が出来てな。夕方には戻るだろうよ』
ぴょん、とミアの腕から飛び降りたマモンは家の外へと向かう。
外ではユルグがアルベリクに剣の稽古をつけていた。といっても子供のお遊びのようなものだ。
アルベリクが度々、ユルグへ剣の稽古をつけてと強請っていたことはマモンも知っていた。しかし今の稽古を見るにユルグも本気で相手をするつもりはないらしく、適当にあしらっている。
「よし、もういいだろ」
「えっ、もう終わり!? 俺まだできるよ!」
「剣の稽古より母親の手伝いでもしてやるんだな」
木剣を回収されたアルベリクは不満げに頬を膨らませる。宥めるように頭を撫でてやると、ユルグはアルベリクを家へと送り返してやった。
それと入れ替わりでマモンが寄ってくる。
『楽しそうではないか』
「まあ、別に子供はきらいじゃない。余計なこと言わなけりゃな」
『ケッコンのことか? なにも目くじらを立てることでもないだろうに。エルリレオもめでたいことだと言っていた』
好き合っている者同士が共に居られるということは何も悪いことではない。それはマモンだって知っている。
しかしこうしてユルグが乗り気ではないのは、何か理由があるのか。マモンにははっきりと分からなかった。
ミアが言うように恥ずかしがっているだけなのか。それともまだ何か思い悩んでいるのか。見える横顔からは何を考えているのかは伺い知れない。
「ミアにはああいったけど、不安がないわけじゃない。今のままじゃ長生きできないし、どうにか出来る手段も見つかってないからな」
『うむ……だが、諦めてはいないのだろう?』
「当たり前だ」
前向きな返答にマモンは少し驚いた。
マモンが昨日見たユルグと今の彼はまるで別人である。この心境の変化は自分の為……否、きっとミアの為なのだろう。大切な人の為にこの先も生きようと決意した。
それはマモンにとっても喜ばしいことである。
『落ち着いたらフィノにも報告するといい。きっと喜んでくれる』
「気が向いたらな」
素っ気ない態度にマモンは察してほくそ笑む。
弟子であってもやはり恥ずかしいものらしい。




