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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第十章
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伝えられなかった想い

 

 小屋へと戻ると、暖炉に薪をくべてフィノは紙と筆を取り出した。アリアンネへ、ここ数日の出来事を伝えるために手紙を書くのだ。

 竜人(ヤト)のヅェ・ルヴィの話によると、マモンについては機人(マグナ)の手助けが必要になる。となれば、スタール雨林の上空にある浮遊城も無関係とはいかない。


 フィノがそこまで行くのはまだ先になるだろうし、距離が近いアリアンネに調査を頼めないかと打診しようと考えていた。

 けれどアリアンネがこれに承諾するかは微妙なところである。


 機人(マグナ)についての調査は、マモンのためでもあるのだ。二人の間にある確執はフィノも知るところ。適当に理由をつけて隠すことも出来る。けれど……フィノは包み隠さずすべてを明かすことにした。


 今まで遠慮して深くは踏み込んでこなかったが、二人には昔のように仲良くして欲しいのだ。それがどれだけ難しいかなんてフィノにも分かっている。

 それでも、ずっといがみ合って嫌い合うのはやめて欲しい。それがフィノの本心だった。


「あっ、そういえば……」


 アリアンネへの手紙を書き終えた頃に、フィノはあることを思い出した。

 椅子から立ち上がると、外していた雑嚢からある物を取り出す。それはボロボロの紙切れ。無人の四災からもらった、ユルグからの手紙だった。


 あの時、すべてが終わってから読むと決めてそれから今まで大事にしまっていたもの。

 フィノは外套を羽織ると、それを持って小屋の外へと出る。そのまま裏手に回って、辿り着いたのは墓標の前。


「報告、おくれちゃったけど。やっと全部終わったよ」


 晴れ晴れとした表情でひとりごちる。

 皆の墓標には、ヨエルが供えたであろう花が置かれていた。エルリレオに、彼の仲間でありユルグの師匠であったグランツとカルラ。

 母親であるミア。そして……父であるユルグの分も、しっかりと供えられている。


 それを見て、フィノは嬉しくなった。以前のヨエルは父親であるユルグを嫌っていた。それが彼の中で少しでも良いものになったのなら、これ以上嬉しいことはない。



 形だけの師匠の墓の前に丸太を持ってきて座り込むと、寒空の下。フィノはユルグが残してくれた手紙を開いた。

 古代語で書かれた文字を目で追っていく。

 そこに書かれていたのは、フィノもまったく予想していなかったもの。


 ――感謝の言葉だった。




 ===




『俺は曲がりなりにもお前の師匠だ。教えられることはすべて伝授した。弟子として、何も心配していない。師匠としてこれほど誇らしいことはない』


 そこにはユルグがいつか言ってくれた言葉が書かれていた。

 あの時のフィノは師匠がくれた讃辞が嬉しくて仕方なかった。褒めてくれる人ではなかったし、認めてくれるとは思っていなかったからだ。


 あの時の気持ちを思いだして、フィノは心が温かくなるのを感じた。懐かしさに頬が緩む。


『でも、これはすべて建前だ』


 ――けれど、次の文面でそれは消えてしまう。


『お前にずっと言いたかった本音がある。こんなこと、恥ずかしいから墓まで持って行くつもりだった。でもせっかくの機会だ。これだけは、伝えておきたい』


 あのお師匠がどうしても言えなかったこと。

 フィノにはそれの心当たりがなかった。文面から目を離して、じっと考え込んでみるが一つも思い浮かばない。

 首を傾げながら、続きに目を向ける。


『いつだって俺の人生には後悔しか残っていなかった。懸命に何かを成そうとしてもすべて裏目に出る。だから、最初はお前を助けたことも後悔してた。何も知らないくせにずけずけと勝手な事を言って。でも今ならわかる。お前が俺に突き付けるすべては、俺がずっと欲していたものなんだ。勇者だとか、それ以前に、期待も羨望も何もない。俺はただの人間としてみられたかった』


 そこには師匠の本音が書かれていた。

 彼は勇者であるが故にどこかの誰かの期待に応えなければならなかった。そういう使命を背負っていたのだ。いつだってそのことが重荷になっていた。


 フィノは薄々そのことに気づいていた。けれど気づいていたからといって、その重荷を取り除いてはやれない。

 何を言ったところで、ユルグにはフィノの言葉など届かないと思っていたからだ。彼にはフィノ以上に大事な人がたくさんいる。だから、たった数ヶ月。一緒に居たくらいでは彼の抱えるものを見抜けても解決してはやれない。


 そう思っていたフィノに、決定的な言葉が入ってくる。


『だから、俺は確かにお前の言葉に救われていたんだ』


 その一言を目にした途端、大粒の涙が零れて文字が滲んでいく。


「うっ……うう、うぅぅ」


 嗚咽をこぼして泣くことだけしか出来ないフィノの頭上からは、しんしんと雪が降ってくる。


 まっすぐな感謝の言葉。それはフィノにとってなによりも嬉しいものだった。十年前のあの日々は無駄ではなかったのだ。

 後悔だけの人生は、彼の歩む道を孤独に変えていった。それでも、たった一つ。救いがあったのなら、フィノにはそれだけで充分なのだ。


 ひとしきり泣き終えた後、寒さで赤らんだ鼻をすすって、師匠の墓標を見遣る。まっすぐに見つめる眼差しは、ひどく曇りないものだった。


「お師匠、とっても遅くなったけど……フィノ、約束はちゃんと守る。あの子は絶対にひとりにしない。だって、ひとりきりは寂しいもんね。だ、っ……だから、大事な人と、ミアと見守ってて」


 墓標に被った雪を払って、フィノは手紙を畳むと懐にしまう。

 晴れやかな気持ちでその場から立ち去ろうと振り返ると、遠くから雪原を駆けてくるヨエルの姿が見える。


 フィノはそれに、優しく笑みを浮かべた。



あと一話か二話くらいで完結予定です。

その後にifルート執筆予定ですが、ひとまずここで締めます。


最後くらいは納得のいく終わりにしたいので、もしかしたら数日時間が取られるかもしれません。(タイミングが悪いことに作者メンタルボロボロなため)

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