穏やかな日々
一部、加筆しました。
――数日後。
フィノはヨエルと共に麓の街へと降りていた。足元にはマモンも一緒に居て、ポテポテと雪の上に足跡を増やしていく。
先日のヅェ・ルヴィとの話し合いで、フィノには重大な役目が課された。機人との交渉役だ。
火急の役目ではあるが、数日は休むべきだとマモンにも諭された為、ここ何日かは薬草を街に卸したり、冒険者家業に精を出したりと充実した生活を送っている。
「薬草屋さんにはいったから……あと、どこによるの?」
「んぅ、これでおしまい。最後に、アルの家に寄っていこうかな」
「アル兄ちゃん、いるかなあ」
用事を済ませたフィノは、ヨエルを連れて街の大通りを行く。
先導するようにフィノの前を歩いていたヨエルだったが、何かに気づいたのか。彼は足を止めて立ち止まった。
「あっ!」
『あれは……竜人の、なんと言ったか』
前方からこちらに歩いてくるのは、シュネー山の山頂を住処とする竜人のドゥ氏族だ。
マモンは何人かいる彼らの区別がつかないようでいつも困っている。度々、山頂にある孵化場に通わなければならないから、覚えようと努めてはいるらしいが……マモン曰く、どれも同じに見えるみたいだ。
そんなマモンとは違って、ヨエルは彼らの違いをすぐに見抜いてしまう。なんでも鱗の色味や形が微妙に違うらしい。
「ドゥ・ドゥだ!」
「キミは……そう、ヨエルだ。こんにちは」
「なんでここにいるの!?」
「ここには労働をしにきたんだ」
ヨエルのまっすぐな問いかけに気圧されながら、ドゥ・ドゥは律儀に答える。
竜人が街の住人たちに受け入れてもらえたことで、彼らは食い扶持を稼ぐために街へと仕事をしにきている。
しかし彼らは手先が器用ではない。代わりに身体は頑丈で力仕事が得意だ。極寒の環境下ではそういうのがとても重宝される。
ドゥ・ドゥの話ではこれから街の家屋の屋根に積もった雪を降ろしに行くみたいだ。雪かきは毎日の日課な割にはかなりの重労働。依頼主もとても喜んでくれるのだ、と彼は嬉しそうに語る。
「じゃあ遊べないってこと?」
『仕事で来ているのだ。仕方ない』
「いいや、大丈夫だ。ついさっき終わったばかりだからね。次の依頼まで時間はある」
顎門を開いてドゥ・ドゥは笑ってみせる。彼の返答にヨエルはぱっと顔を綻ばせた。
「フィノ! ぼく遊んでからかえる!」
「ええ? でも――」
『お守りは己がしておく。フィノは用が済んだら小屋に戻っているといい』
マモンは溜息交じりに息を吐いて、犬耳を垂れた。
もはや振り回されるのは慣れっこな様子のマモンに苦笑して、フィノは三人と別れるとアルベリクの家へと寄る。
訪問するとタイミング良く、アルベリクが家に居た。
彼の母親であるティルロットは食材の買い出しに出掛けていて、いま家に居るのは彼だけだ。
「ねえちゃん。どうしたの?」
「んぅっと。何もないけど、少し寄っただけ」
「そっか。せっかくだからお茶でも飲んでいってよ」
椅子を引いて案内してくれたアルベリクに甘えて、フィノはお茶を頂くことにした。
目の前に淹れたてのお茶を出して、アルベリクは嬉しそうにこの間のお礼を言う。
「土産のナイフ、早速仕事で使ってるよ。やっぱりあれすごい高価なやつだろ? 切れ味すげえもん!」
「アルにはたくさんお世話になってるからね」
ありがとうと礼を述べると、アルベリクは満更でもなさそうに照れている。
と思ったら突然、古机の引き出しを漁って何かを取り出すと、それをフィノに手渡してきた。
「俺すっかり忘れてた! ねえちゃんたちが留守の間に、手紙がたくさん届いてたんだ! アルヴァフからかな? 中身はみてないよ!」
「うん。ありがと」
アルヴァフということは、きっとヨエルの手紙の返事だ。送り主はきっとレシカだろう。
ざっと確認すると、全部がヨエルに宛てられたものだった。
戻ってきてからなんやかんや忙しかったせいもあり、ヨエルも手紙のことはすっかり忘れていたみたいで一度も催促されていない。
遊び疲れて戻ってきたら渡してあげよう。
受け取った手紙を懐にしまって、お茶を飲み干すとフィノはアルベリクの家を後にした。




