竜の住処
ギィ・ルヴィの掲げた衣食住の確保は切実な問題だ。
現時点で、竜人の住処は山頂の孵化場だけ。そこから生活の基盤を整えて、まっとうに暮らすには当面の仮の住処が必要になってくる。
しかし何をするにしても彼らだけでは何も出来ない。必然的に他者の助力が不可欠なのだ。
そこで彼はフィノにあるお願いをした。
「他種族と交流したい。それの仲介をしてほしい」
物資の確保や食糧の調達には麓の街を利用する他はない。そこに突然、見知らぬ生命体が訪れては街の住人も驚く。争いを好まない温厚な種族だとしても、警戒されてしまっては元も子もない。
そこで彼らとの仲を取り持って欲しいのだ、とギィ・ルヴィは言う。
「うん。いいよ」
「ンアァ、ありがと」
嬉しそうにするギィ・ルヴィは、これからのことをフィノに相談してくれた。
まずは、当面の生活に必要な物資の供給。これはフィノの手を借りることになった。
食料も凍えない為の衣服も、それらを用意するには金がいるのだ。当然、彼らにはそれらを工面するあてもない。
しかし掛かった費用は必ず返済すると、ギィ・ルヴィは約束してくれた。恩には報いるのだ、と彼は息巻いている。
色々と準備をする間に、街の住人にはフィノからしっかりと説明をする。
すぐには受け入れてはもらえないかもしれないが、こうして話して分かる通り、彼らに敵意はまったくない。きっと街のみんなもわかってくれるはずだ。
それが済んだら、街で労働をして返済をすると、そういう手筈になった。
「街で働くって、寒いのは平気?」
「あたたかい服があれば大丈夫。ギィは寒いのは苦手だけど、他の氏族は我慢できる」
幼体の状態では体温調節が難しいのだ、と彼は言う。けれどそれは今だけの話で、成長すればまったく問題はなくなるらしい。
そこまで話して、ギィ・ルヴィはある提案をした。
「ギィ以外の氏族を紹介したい。仲介を頼んだなら、知っておくべき」
「その人たちは山頂にいるの?」
「ンアァ、そうだよ。きっともう生まれてるはず」
そういうことなら、とフィノは早速登山の準備をする。
少し暖かくなったといえど、シュネー山は雪深い土地だ。ギィ・ルヴィは背負って行くには大きすぎるし、何か入れ物が合った方がいい。
小屋にあった薬草取りに使う籠……ヨエルがすっぽり入ってしまえるほどの大きさのそれを持ってくる。
ギィ・ルヴィは毛布でぐるぐる巻きにして、防寒対策。彼を籠に入れて、それをマモンに背負って貰えば準備は完了だ。
「ぼくもいってもいい!?」
「たくさん歩くけど――」
「だいじょうぶ!」
張り切っているヨエルにいいよと了承すると、彼は急いで登山の準備をする。厚手のコート、手袋に襟巻き。それと帽子をかぶって誰よりも気合いが入っている。
「んぅ、それじゃあいこう」
===
一時間かけて山頂まで向かうと、フィノが先ほど訪れた時とは少し状況が違っていた。
「あの人たちって、ルヴィの家族?」
「ンアァ、そうだよ」
孵化場にあった残りのタマゴはすべて孵っていて、その近くには人影が見える。
彼らは先ほどギィ・ルヴィが説明してくれたヅェとドゥの氏族なのだろう。
細身ですらっとしていて、まっくろな鱗皮に頭には捻れ角。思ったよりも人に近い形をしているのがヅェで、太い尻尾にずんぐりとした体型、大きなトカゲがそのまま立って歩いているかのような風貌がドゥの氏族らしい。
四つあったタマゴから孵った彼らの割合は、一対三。ドゥの氏族の数が多い。
彼らはこちらに気づくと、警戒しながらも近付いてきた。彼らの接近に、マモンに背負われていたギィ・ルヴィが説明をしてくれる。
「――だから、この人たちは良いひと。仲良くして欲しい」
彼の説明を一通り聞き終えた彼らは、揃って顔を見合わせた。
それから竜人のまとめ役であるヅェの一人が一歩前にでて、手を差し出してきた。
「協力、感謝する」
「えっ……う、うん」
真摯な対応に驚きつつも、フィノは彼との握手に応じる。
「私は、ヅェ・ルヴィ。こちらが――」
「ドゥ・ルヴィ。よろしく」
「ドゥ・ドゥだ」
「ドゥ・シュェだよ」
彼の後ろに控えていた三人がそれぞれ、名乗りをあげる。それにいち早く反応したのはヨエルだった。
「あれ? ルヴィの名前がいっしょなの?」
「ンアァ、そうだよ。氏族の名前の後につくのは、順番みたいなもの。だから同じ名を持つのもいる」
「へえぇ~」
竜人は、氏族と名前でその人を識別するのだという。だから彼らのなかでは他種族のような名付けは存在しないのだ。
「街への交渉には私が行こう。案内を頼む」
「うん。わかった」
ヅェ・ルヴィの行動は迅速で、さっそく街へ行くと言う。フィノも断る理由はないのでそれを快諾すると、途端にヨエルが抗議の声を上げた。
「ええーっ、もう帰るの! せっかくきたのに!」
あまりの暑さに防寒具を脱ぎ捨てたが、まだ元気は有り余っているらしくヨエルは帰りたくないという。
マモンが困らせてはダメだ、と戒めるが聞く耳を持たない。
流石にヨエルを置いて街まで行くわけにかいかず困っていると、それを察したドゥの氏族たちが気を利かせてくれた。
「戻ってくるまで、ここを案内するよ。何もないけど、暇つぶしくらいにはなる」
『……いいのか?』
「構わない。せめてもの礼だと思って欲しい」
そう言うと、ドゥ・ルヴィはヨエルを担ぎ上げて肩車をする。彼らの上背はマモンと同じくらいで、二メートル弱。ヅェの彼よりも身体は大きく、かなりの大きさである。
「あまり迷惑かけちゃダメだよ」
「わかってる!」
『己もここで待っていよう』
はしゃぐヨエルを見つめて、マモンはフィノを送り出してくれた。
保護者が居ればヨエルもハメを外しすぎないだろう。心配しながらも、フィノはヅェ・ルヴィと共に麓の街に降りていく。




