いのちの生まれる場所
二人に別れをつげて、フィノは山小屋へと戻ってきた。
ヨエルとマモンはまだ秘密基地にかかりっきりである。特にヨエルは意気込んでいて、前よりも凄いものを作るんだと張り切っている。そんな少年に付き合わされてマモンはせっせと雪塊を運んでいた。
『おお、戻ってきたか。どうだった?』
「うん。山頂に何かあるみたい」
マモンにアルベリクから聞いた話を語ると、彼は不思議そうに頭を傾げる。
『気候に変化を与えるほどだ。よっぽどの物があるに違いない。己も着いていこうか?』
「ううん。大丈夫。ヨエルと一緒にいてあげて」
先ほどと同様に留守番をお願いすると、マモンは了承してくれた。
気をつけるようにと念押しされて、フィノは山頂へと向かう。しかし、その道中である異変を発見する。
「んぅ、これ……」
フィノが辿り着いたのは、山頂に向かう途中にあるシュネー山の大穴があった祠。古めかしいそれは――しかし、今となっては見る影もない。
まるでその場所で大きな爆発があったかのように、祠ごと消し飛んでいる。あたりにはバラバラと建造物の破片が転がっており、凄まじい威力であったことを思い知らされる。
「これ、どこまで続いてるんだろ」
そして、ぽっかりと空いた大穴から何かが這い出てきたのか、まるで道のようにくぼんだ雪の跡がずっと続いている。
それを目で辿っていけば、どうやらその跡は山頂まで続いているようだ。つまり、この正体不明のモノは問題の山頂にいるかもしれない。
痕跡を見つけたフィノはいっそう気を引き締めて山頂へと向かう。
しかし、正体不明のこれは何なのか。一見して大穴から出てきたモノのようにも思える。すると底にいた四災である可能性が高い。
けれど彼らは世界に干渉することは殆どない。そういう取り決めらしく、本人が自ら何かをすることはない。一部例外はあるが……今回の騒動に四災が出張ってくることはないはずだ。
それでも絶対ということはない。もし山頂に四災がいるならば、フィノが自力で何かを成しても徒労に終わるだろう。その場合はなんとか交渉して、街への影響をなくしてもらう。
今のところ際だった異変は見つからないが、今後何があるとも知れないのだ。流石に放置しておくのは避けたい。
「やっとついた……」
延々と歩いて、フィノはやっとのことで山頂まで辿り着いた。彼女がこんなにも疲労困憊しているのは、慣れない場所を歩いたからではない。
「あっつい!!」
雪山とは思えないほどの暑さ。それはなにも身体を動かしたからなどではなく、単純に気候の問題だ。
まるで常夏と見紛うほどの灼熱。山頂に積もっていた雪は跡形もなく溶けてしまっていて、土の地面が露出している。山頂がこれでは雪山の気候も変わってしまうわけだ。
そして、その原因はこの場所にあった。
「んぅ、これ……なんだろ」
山頂は更地になっており、尚且つその中心は窪地になっていた。そこがぐつぐつと煮えているのだ。
――地面が煮えている。なんとも奇怪な光景だが、フィノには他にこの状況を形容出来る言葉が思いつかない。
そして、その煮えている中心にはまるい物体が鎮座していた。
「あれは……」
じっと見つめて、フィノはそれの正体に気づく。あれはタマゴだ。何かのタマゴが灼熱の窪地に置かれている。
それは全部で五つあり、その内の一つは割れている。中身はどこにもなく辺りにもそれらしいモノは見えない。
「これって……孵化場ってこと?」
フィノはこの光景を見てピンときた。
灼熱の地面に、何かのタマゴ。明らかにそれを孵す為の場所である。その証拠に、タマゴの内の一つは既に割れていて孵っている。
問題はその中身がどこにもないことだ。
「これ、どこにいったんだろ」
注意深く周囲を探って、フィノはそれらしき痕跡を発見する。
それは小さな鱗の破片だった。剥がれ落ちたのか、パラパラと地面に散っている。それを辿っていくと、どうやらこの孵化場から外に出たようだ。つまり、雪山を降りていった事を示している。
この生物が何を考えているのかはわからない。そもそも意思の疎通が出来る生物なのかも不明。けれど生まれた直後なら、体力を維持するために食事が必要になる。それを求めて下山したのなら納得だ。
しかし、悠長にここを調べている時間はない。
「早く戻らなきゃ!」
謎の生物が下山したのなら、麓の街に辿り着くよりも先に山小屋を見つけるだろう。そうなるとヨエルの身の安全が脅かされる。マモンも傍に居るとしても、危険なことには変わりないのだ。
見たところ孵化場にあるタマゴは孵る気配はない。一先ずこれは放置して、フィノは足早に山頂を後にした。




