帰りを待ってくれる人たち
シュネー山の麓の街、メイユに向かうといつもの見慣れた景色が広がっていた。
道行く人々も何の変わりもないように見える。一瞬、フィノの考えすぎかとも思ったが、アルベリクの家に立ち寄って話を聞くと、そうではないらしい。
「あ、ねえちゃんだ! ねえちゃんがここに居るってことは……ヨエルとマモンも一緒?」
「うん。山小屋でお留守番」
ただいま、と挨拶をするとアルベリクは嬉しそうにはにかんだ。彼の母親であるティルロットも、フィノを快く迎えてくれる。
「今回は戻ってくるの遅かったね。俺も母ちゃんも寂しかったよ」
「うん。ずっと西の方に行ってたから」
「へえ~、そうなんだ。またすぐにどっか行くの?」
「ううん。しばらくはゆっくりしようかな」
世間話もそこそこに、アルベリクにと帝都で買ってきた土産を渡す。ティルロットにはおいしい茶葉を渡す。
どれもここでは手に入らないものばかりだ。二人ともとても喜んでくれた。
「フィノもあの子と旅をするのは大変だったでしょう? まだまだやんちゃ盛りだものね」
「大変だったけど楽しかったよ」
一緒に旅を始めた頃はヨエルもまだ心を開いてくれていなかった。それ故にどう接して良いのかわからない時もあった。けれど今では楽しくおしゃべりが出来るほどになったのだ。
今となってはティルロットの杞憂は意味のないものである。
「長旅で疲れているでしょうから、今晩は晩ご飯でも食べに来てちょうだい。沢山作っておくからね」
「俺、旅の話ききたい! ここから外に出たことないんだ。ヨエルには先越されちゃったなあ」
「いいよ。たぶん、聞かなくても話してくると思うけど」
アルベリクはヨエルにとって兄のような存在だ。うんと小さい頃から面倒を見てもらっているし、遊び相手にもなってくれていた。
エルリレオが亡くなってから彼も忙しくしていたせいで会う機会は減っていたけれど、今でもヨエルはアルベリクに懐いている。
今晩の食事会はヨエルにとっても嬉しいものに違いない!
――しかし、その前に解決しておかなければならない問題がある。
「最近、変わったことなかった?」
神妙な面持ちで尋ねると、アルベリクはティルロットと顔を見合わせた。その様子は何か心当たりがあるようだ。
「数日前かな。山の頂上で何かが燃えてるのが見えたんだ」
「燃えてる? なにが?」
「うーん。それは誰にもわからないよ。火の手が上がったと思ったらすぐに消えちゃったんだもん」
ぼやにしては大きな炎だったとアルベリクは語る。だから最初それを見た時、フィノに留守を任された小屋が燃えているのだと思ったそうだ。
「慌てて急いで見に行ったら小屋は燃えてなかったんだ」
「んぅ……なんだろ」
アルベリクの証言に矛盾はないとフィノは気づく。
先ほど小屋の中を見てきたけれど、何かが燃えた形跡はなかったし、その周辺も同様だった。目に見えた変化といえば、少し温かいくらいとヨエルの秘密基地が壊れていたことくらいだ。
「でもおかしな話ね。あの雪山には自然に燃えるようなモノなんてないのに。やっぱりあなたの見間違いじゃない?」
「そんなことないよ! 俺の他に見たって奴がいるんだ!」
「あらそう。でもそれじゃあ、何だったのかしらねえ?」
「そ、それはわからないけど……俺はあの山頂に何かあると思ってる! でも確かめに行こうにもあの場所は危ないからなあ」
山小屋付近は比較的、まだ安全ではあるが山頂に近付くにつれて魔物が出てくることもある。
それにかつてメイユの街を襲った黒死の龍が住まう山だ。街の人達は出来れば近付きたくはないのだろう。
アルベリクも及び腰だし、危険な場所ならば尚更である。
「私が見に行ってくるよ」
「え!? 危ないよ!」
「だいじょうぶ! あのお師匠の弟子だからね」
そう言って胸を叩くと、アルベリクは素直に引き下がってくれた。
彼にとってユルグの存在は、今でも尊敬の塊なのだ。なんせ街の危機を救った英雄に憧れて冒険者になりたいと言い出すほどである。
「あまり無理はしちゃダメよ? 危険だったら戻ってきてね。あの子を一人にさせるようなことはしないであげて」
「うん。ありがとう」
ティルロットの心配する気持ちは充分に伝わっている。彼女もアルベリク同様、ヨエルの親代わりでもあるのだ。まだ十歳の少年を想う気持ちは母親なら当たり前のこと。
二人の想いに感謝して、フィノはヨエルの待つ山小屋へと戻っていった。




