光明の先にあるもの
フィノはヨエルを連れてシュネーに戻ることにした。
しかしルトナーク王国からシュネーの雪山までは結構な距離がある。普通に陸路を行くならば二十日はかかる距離だ。
『帰るにしても道のりは長そうだ』
「どれくらいで着くかなあ」
「んぅ、と……二十日くらい」
「はつか!?」
一月の半分か掛かると教えると、ヨエルは両手の指を折り曲げて数えながら絶叫した。
「これ、ぜんぶ歩くの!?」
「そうだよ」
「ええーっ、馬車のっていこうよ!」
『そんな金はないだろう』
「うん」
『自分の足で歩くしかないなあ』
無理だと言うとヨエルは不満げに頬を膨らませて、抱きかかえていた黒犬のマモンを降ろすと足早に先を行く。
「じゃあマモンも自分であるいてね! ぼく手伝わないから!」
八つ当たりのような癇癪の起こし方に、マモンはフィノの足元で苦言を呈す。
『そもそも勝手に……いや、これはよしておこう』
「あとで寂しくて戻ってくるよ」
『はあ……まだまだ手が掛かりそうだ』
顔を見合わせて二人は笑い合う。
保護者の心労はなくなることは無さそうだ。そのことに苦笑しながら、フィノは意を決してマモンに尋ねた。
「マモン、瘴気のことなんだけど……どれくらい持つ?」
『それのことなのだがな。少し奇妙なのだよ』
「何かおかしなことでもあるの?」
『うむ……』
マモンはフィノが思ってもみないことを打ち明けてきた。
『四災をすべて解放したことで、地上に溢れていた瘴気はなくなりつつある。元々アレは地上に存在していなかったものだ。濃度が薄く、微量ながらも漂っていたものさえも消えていくのだろう。しかしなあ……』
マモンはなぜか歯切れの悪い回答をする。
「どうしたの?」
『己は瘴気を浄化するために創られたものだ。そういった能力も備わっている。ログワイドだってそのように創った。だが……それがすべての根底にあるものではないと己は思っている』
「……?」
フィノにはマモンが何を言いたいのかわからなかった。大人しく話を聞いていると、彼は意外な事実を打ち明ける。
『おそらく、己の存在の維持に瘴気の有無は関係ないのだと思うのだよ』
「……っ、それ! ほんとう!?」
『まだ曖昧なことしか言えんが……己はそうではないかと確信している』
マモンの意見はフィノにとっても嬉しいものだった。彼の言葉は、瘴気が消えてもマモンは消えてしまわないと言っている。
そうなればヨエルと別れることもない。マモンはヨエルにとってかけがえのない家族。大切な存在なのだ。まだ十歳の子供には辛い別れになる。それを無かった事に出来るならばこれほど嬉しいことはない。
『ログワイドは自身の寿命を代償に己を創ったのだ。己の存在はその時に定着している。瘴気云々は……いわば、生物にとっての飲食と同義。己は不死身の存在だ。最悪それがなくても生きてはいける、はずだ』
「んぅ、それならいいけど……」
マモンの考察に納得しかけたフィノだったが、それには問題も付きまとっている。
今までのマモンが良い例だ。彼は瘴気を失うと弱体化する。それはどうなんだと問うと、マモンもそれが一番の鬼門だと言う。
『どのみち瘴気はなくなっていく。それに変わる何かを原動力にする必要があるな。己の生態を変えるならば、呪詛であれば手立てがあるだろうが……まあ、そこは追々考えていこう。猶予はまだあるのだ』
「うん。そうだね」
以前の世界だけならば不可能だと断じていただろう。
しかし四災を解放したいまならば、手立てはあるはずだ。これから世界がどのように変化するのかは未知数だが……古代に生きていた者たちは呪詛を使えたと聞く。
元の姿に世界を戻したのなら当然、呪詛についても知る機会だってあるはずだ。悲観することは何もない。
先に行ったヨエルの背中を追いかけて、フィノはマモンを抱きかかえると長い道のりの帰路を行く。




