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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第九章
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答えの出ない問答

 

「……終わった、のかな」


 何もかもが跡形もなく消えてしまった丘の上で、フィノはひとりごちる。

 四災は大穴の封印を解いたと言った。ならばフィノの目的も無事達成されたのだ。いまいち実感は湧かないけれど……これでやっとすべてが終わった。


『あれが嘘を吐くとは思えんし、そうなのだろうなあ。これですべてが報われたわけだ』


 マモンは嬉しそうに語って、フィノに労いの言葉をかける。

 この十年、マモンはフィノがどれだけ苦労をしてきたか知っている。何を思って過ごしてきたかも。

 彼にとっても大願の成就は喜ばしいことなのだ。


『アリアンネも戦争終結に向けて動いてくれている。それが済めば真の平和が実現するのだ。これほど喜ばしいことはない』

「……うん、そうだね」


 マモンの真意は掴めないが、彼はフィノよりも嬉しそうである。そんな彼にこれからの事を聞くのは憚られた。

 なによりもヨエルの前で、消滅するまでの猶予はどれくらいか、なんて口が裂けても言えない。


「よくわかんないけど、良いことがあったの?」

『そうだ。とっても良いことだ!』

「わあっ」


 マモンはヨエルを抱き上げると、クルクルと大回転をする。

 突然の事に何がなんだかわからないヨエルはされるがまま。けれど、こんなに嬉しそうなマモンをヨエルは初めて見た。


 彼がこんなにも歓喜するのも当然のこと。これまでの二千年間の苦労がやっと報われたのだ。沢山の犠牲の上に今この瞬間がある。感動もひとしおだった。

 しかしマモンが一番喜んでいるのは、これ以上ヨエルに重荷を背負わせないで良いことだ。瘴気が地上から消えたのならば魔王の存在も必要が無くなる。そうなればいつかのような輩にも狙われる心配もない。


 ヨエルはまったく思いもしていないだろうが……これで、本当の意味で自由にしてやれるのだ。


 はしゃいでいる二人を眺めて、フィノは緊張が解れていくのがわかった。無意識に強張っていた身体を解すように伸びをする。


 遙か彼方、夕日のように燃えていた空も今は跡形もなく収まっている。どうやら一時的なものらしい。

 でもきっと何かしらの変化があったのだろうことはフィノも、マモンも。そしてアルマも感じていたはずだ。


 それでも今この瞬間は、肩の力を抜いても文句は言われないはず。



 見上げた青空の眩しさにフィノは目を眇めて、大きく息を吐いた。




 ===




「――フィノ!」


 呼び声に気づいて顔を正面に戻すと、マモンに降ろされたヨエルが少しだけ息を切らしながら寄ってきた。

 少年はとびっきりの笑顔でフィノに問う。


「おしごと終わったってほんとう!?」

「うん。本当だよ」

「じゃあ、おうちに帰れるってこと!?」


 てっきりどこかに遊びに行こうと言われるかと思いきや、ヨエルはなぜか家に帰りたいのだと言った。

 それにどうしてだ、と理由を問うと――


「まえレシカに手紙かいたよね?」

「うん」

「それのおへんじ、届いてるとおもうんだ! だからはやく帰らなくちゃ!」

「ああ、そっか」


 無邪気なヨエルに、そういうことならとフィノもそれに賛同する。

 目的も終えたことだし特に何をするでもないのだ。ひとまずシュネーの山小屋へと帰ろうとフィノも考えていた。


 帰路の途中でアリアンネの所に顔を出す予定ではあるが……特に問題はないだろう。


「いいよ。それじゃあ帰ろっか」

「うん!」


 元気よく返事をしたヨエルは笑顔のまま振り返る。

 一緒に行こうと伸ばした手はアルマに向けられていた。しかし、その手が握り返されることはない。


「アルマは共には行かない」

「え? な、なんで!?」


 思ってもみない拒絶にヨエルはどうしてだと詰め寄った。

 しかしよくよく考えてみれば、アルマの回答は納得できる。彼は元々、無人の四災の抑止として同行してくれていたのだ。

 干渉器としての役割もあるため、それ自体が体の良い言い訳であるかもしれないが……すべてが終わった後、アルマがフィノたちに同行する理由がない。だからここで彼が別れを切り出しても、それは当然と言えよう。


 けれど、ヨエルはそんな事情は一つも知らない。


「……ぼくのこと、きらいになった?」

「それはない」

「じゃ、じゃあ」

「アルマの使命は心の獲得。それを叶えるためには他者との交流が不可欠だ」


 アルマはヨエルに丁寧に説明した。

 ここで別れるのはヨエルの事を嫌っているからではないこと。今より沢山の人と出会い、色々な物に触れる必要があること。


 彼がこれからしたいことは、世界を放浪する旅なのだ。

 それにヨエルはついて行けないし、いかないでとも言えない。別れの理由を聞いて、ヨエルは俯きながらわかったと頷いた。


「また会える?」

「約束しよう」


 落ち込むヨエルと約束をするとアルマは着の身着のまま、去って行った。

 その後ろ姿をじっと眺めるヨエルに、フィノは何か声をかけるべきか。

 彼は生い立ちがそうさせるのか。誰かとの別れを極端に嫌う。寂しいと感じるよりも、ひとり置いていかれるのが怖いのだろう。

 フィノもその想いはとても理解出来る。置いていかれるのはとても辛く悲しいことなのだ。


「ヨエル……」

「アルマ、ひとりで行っちゃった。だいじょうぶかなあ?」


 少年は泣いていなかった。

 それでも去って行ったアルマをとても心配しているらしく、彼の姿が消えてもそわそわと落ち着きがない。


『あやつなら何があっても大丈夫だろうよ。己よりも腕が立つのだ』

「マモンよりも強いの?」

『う、うむ。認めるのは癪だが……』

「へえ、そうなんだ!」


 それを窘めるようにマモンが話しかけるとヨエルはすぐにいつもの調子に戻った。

 その様子を眺めて、フィノは以前マモンに言われた事を思い出す。


 この先、ヨエルの傍に居るべきか否か。

 あの時は考えさせて、と決断を保留にしたが……今も答えは出ていない。


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