にくにくしいもの
女神であろう、その人の答えを聞いて、フィノは何が何だかわからなくなった。
「あ、……っ、あなたは女神であってる?」
「はい、そうですよ」
女神であるか、という問いに彼女は肯定する。
『それは何と言っているのだ?』
「そうだって。女神だって言ってる。でも……なんだか聞いてた話と全然違う」
フィノの抱く疑問はその一点だ。
無人の四災から聞いた女神についての話。それと今の状況が合致しない。彼が女神と別れたのは五千年前だ。その年月を考えればどんな風貌だろうが許容出来る。しかし、女神である彼女は四災の事を覚えていないようなのだ。
確認の意味も込めて、フィノは再度女神へと話しかけた。
「私はあなたに用があってきた。四災にあなたを連れてくるって約束した。だから」
「シサイ……その言葉には覚えがあります」
しかし、女神はそれが何なのか覚えていないのだ。
聞くと彼女には過去の記憶が殆どないのだという。どうして女神に成ったのかもなにもかもの記憶が薄れている。昔はもっと覚えていたのだそうだが、今では欠片も思い出せないのだ。
『なるほどなあ。女神とて元は人間だ。それが五千年の歳月を超えては昔の事など覚えていないのやもしれん。己だって昔の記憶は曖昧だ。忘れていたとしても驚くことはない』
「んぅ……」
フィノからの説明にマモンは頷く。
実際に女神と話してみて、彼女が嘘を吐いているようには思えなかった。昔の事を覚えていないというのも本当みたいだ。
「彼には女神を連れてくると約束した。それ以外のことは確約していない」
『つまり、女神が記憶をなくしていても不都合がないわけだ』
「そう、だね」
二人の話にフィノは戸惑いながらも了承する。
無人の四災から、すべての事の起こりは聞いたのだ。女神の目的も把握している。あとは瘴気をなくすだけ。
例え女神が記憶をなくしていようとも、フィノには関係のないことである。
「ええっと、その四災にあなたのこと、連れてきてって頼まれた。あの丘の上に来てくれって……聞けばわかるって言われたんだけど、それだと知らないよね」
「それは――」
女神がフィノの問いに答える前に、マモンがそれに割り入った。
『その丘のことなら心当たりがある』
「ほんとう!?」
『ああ、以前ユルグに聞いた、女神の丘というのがそれではないか?』
マモン曰く、その女神の丘とやらはここからそう遠くない場所にあるのだという。
その場所に女神を連れて行けば、ひとまず四災の望みは叶う。
「あなたを今から外に連れて行く。嫌だと言っても聞かない」
「わかりました」
女神はフィノの言葉に素直に従った。
しかし、女神は動ける身体を持ってないと言う。
「この木人形は入れ物です。多少なら動かせますが、移動することは出来ないのです。何か空の器があれば良いのですが」
「からっぽ……それは何でもいい?」
「はい。大きさは問いません」
女神の答えにフィノは背嚢を漁る。
何かないかと探して……奥底に保存食を入れていた深底の瓶を見つけた。
「これはどう?」
「問題ありません」
次に女神は人形の頭部を外して、そこから中に手を突っ込んで自分の本体を取り出して欲しいと言った。
言われたとおりにすると、胸の辺りに固い何かがある。それを掴んで引っこ抜くと――それは、肉の塊だった。
「こ、これ……」
取り出してまじまじと観察してみるが、とても奇妙だ。
人形から出した瞬間に、表面を覆っていた殻のような固い膜……床に散らばっている結晶のようなそれは瓦解して、手のひらに温度が伝わってくる。
まるで生物のように微かに動き、高温と低温を繰り返していて気持ち悪い。肉塊の表面は、柔い部分と固い部分があり、硬化している場所はまるで鉱物のように固くなっている。
手のひらサイズの肉塊。これが女神の本体らしい。
「これを、瓶の中に入れる……」
戸惑いながらもフィノは肉塊を瓶の中に入れる。しかしこれがすっぽり入るほど入り口は大きくない。どうしたものかと悩んでいると、途端に肉塊はフィノの手のひらの中で液状に変わった。
「うわっ」
驚きつつもそれを零さないようにすべて瓶の中にしまう。
すると瓶に入れた瞬間、新たな入れ物である瓶の表面が結晶化していく。
『なんとも奇妙な……おそらくこれは、何かの器に入っていなければ身体を保持出来ないのだろうな。己と一緒だ』
「……女神様ってあんなだったんだ」
「とても興味深い」
三者三様の反応を見つつ、ほっと息を吐いた瞬間、フィノが抱えていた瓶の内側から先ほどの女神と同じ声が脳裏に響く。
「これで準備は整いました。何処へなりとも連れて行ってください」
「う、うん……わかった」
女神というには憚られる奇妙な同行者と一緒に、フィノは四災が待つ女神の丘へ向かう。




