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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第九章
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交渉妥結

 

 両者の間を隔てるように、透明な障壁が出現する。〈プロテクション〉の魔法だ。


 どうにも男はこと魔法について、実力は抜きん出ているらしい。アルマの早さは目で追えないはずなのに、接近に合わせて障壁を張った。おそらく罠魔法のような自動型である。


 フィノの師匠であるユルグも、彼の師匠であったエルリレオもこういった使い方はしなかった。でもよくよく考えれば自動で発動する罠魔法があるのだ。応用も可能なのだろう。

 しかし、それで止められるアルマではない。


 一瞬にして状況を把握したアルマは、目に見えない障壁の上を取った。


「ああ、なるほど。あの魔法とやらは、上下の守りに弱いのか」


 アルマの行動を遠目で見ていた四災はその弱点に気づく。彼の言う通り、〈プロテクション〉の魔法は、その難易度の高さから複雑な事は出来ない。術者の正面に絶対に壊れない障壁を張り出すことしか出来ないのだ。

 男のように罠として使用することも可能だが……それが応用としての精一杯なのだろう。


 そもそも、ああして自分の身を守ってもアルマに脅しが利かない時点で彼の計画は何の意味も成さない。


「むぐっ、――アルマ!」


 一足飛びで障壁の上に乗り上げたアルマを見てヨエルは声を上げる。

 ――と、同時に伸ばされた鉄腕がやっと少年を掴んだ。


 そこからは一瞬のことだった。

 瞬きの合間にヨエルは男の手からもぎ取られて投げ飛ばされた。いつの間にかマモンの頭を抱えたまま、放物線を描きながら空中を飛んだ後、ごわごわとした毛並みの海に落ちる。


「ぶわっ」


 ヨエルが落ちたのは無人の四災の頭の上だった。

 少年の落下に、四災は楽しそうに笑って頭を降ろす。すると、すぐさまフィノがヨエルの元に飛んできた。


「――っ、大丈夫!?」

「う、うん。びっくりしたけど、だいじょうぶ。怪我してないよ」


 四災の頭の上から降ろして貰ったヨエルは、フィノに抱きつかれながらもマモンの心配をする。


 先ほどの目眩ましの時に驚いてバランスを崩した為、その拍子でマモンの頭が取れてしまったのだ。これにはヨエルも心底驚いた。まさかこうして取れるとは思っていなかったからだ。しかも頭が取れてからずっと動かない。


 マモンはヨエルが何かと心配性である事を察して、自分は不死身だから大丈夫だという。けれどそれとこれとは別だ。不死身で死なないからといって、酷い目にあったり傷ついたりするのを見たいわけではない。


 しかし、引っこ抜いてしまった頭部を返す前に、男の無駄な抵抗に決着が付いた。


「ままっ、まってくれ! そ、そうだ! さっきの話はナシにしよう! 女神も教会も、どうなったっていい! 私はこれ以上何も望まない、だから――」

「君は彼に危害を加えて殺そうとした。殺されても文句は言えない」

「まっ――」


 男ににじり寄ったアルマは、赤子の手を捻るかのように彼の首を折った。

 男は死に絶え、その死体はヘドロの中に沈む。もう何も喋ることも考えることもしない骸になったのだ。


 アルマが事を終えて戻ると、それの一部始終を見ていたであろうヨエルは硬い表情をしていた。何かを警戒するような眼差しをアルマへと向ける。

 けれど、少年は何か言いたげにするだけで、目を逸らしたり逃げ出したりはしなかった。


「ぼく、おこってない」


 少しだけ不機嫌そうな声音で、ヨエルは戻ってきたアルマに訴える。

 突然の事にアルマは何がなんだかわからない。脈絡も無い会話にどう答えて良いのか……悩んでいると、少年は続ける。


「こわかったけど、痛いことされてないし、怪我もしてない」

「……? そうか」

「だっ、だから……殺さなくてもよかったのに!」


 最後の言葉を聞いて、アルマは少年が男を殺してしまったことに腹を立てているのだと気づいた。

 当然、アルマにはどうしてヨエルがこんなにも不機嫌なのか、その理由はわかっていない。気づけないのだ。


「君の主張は結果論だ。アルマが君を助けた結果、怪我も負っていなければ殺されてもいない。しかしだからといって、あの男を野放しにはしておけない。再び同じことをされる可能性がある。彼を無力化したのは、自衛のため――」

「そーいうことじゃない!」


 地団駄を踏んだヨエルは手に持っていたマモンの頭をフィノに押し付けると、アルマに突っかかっていく。

 珍しく怒っているヨエルに驚きながら、フィノはあのままでは可哀想そうだとマモンの頭を本体に戻した。するとすぐにマモンは意識を取り戻し、キョロキョロと周囲を見回す。


「マモン、大丈夫?」

『ああ、問題はないが……あれはどうしたのだ?』


 アルマに抗議しているヨエルを見て、マモンも驚きに声をあげる。


「んぅ、と……色々あって」


 開口一番、マモンはヨエルの安否について尋ねてこなかった。つまり、彼には先ほどの騒動以降の記憶がないのだ。きっと頭が取れたせいだろうが……ここで先の事件を語ってしまえばいよいよ収拾がつかなくなってくる。

 そう考えたフィノは、今はあえて秘密にすることにした。


「たぶん後でヨエル、泣き付いてくるから慰めてあげて」

『うん? そうか』


 適当に誤魔化して追求を逃れたフィノは、未だ口論している二人を置いて四災へと交渉する。


「それじゃあ、あなたにはここから出てもらう……で、いい?」

「ああ、構わないよ」


 四災は二つ返事で快諾してくれた。その事にほっと胸を撫で下ろしていると、彼はある事をフィノに提案してくる。


「地上に出たらまっさきに行きたい場所があるんだ」

「行きたい場所?」

「ああ、女神の元へ連れて行って欲しい。そういう約束をしていてね」


 そう言って四災は心なしか嬉しそうに笑った。


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