絶対に不可能な願い
一部、修正しました。
シサイからこれまでの経緯を聞いたリユイは、呆れたように息を吐いて「不毛だ」と言った。
「……不毛?」
「そんなのやる前から結果はわかってたことじゃない? それなのに飽きもせずみんなの望みを叶えてるって、あなたすごいのに少し抜けてるのね」
遠慮のない物言いをされて、シサイは頭を傾げる。
彼女は当たり前の事のように無意味だというのだ。その言動は可能性を考慮していないもので、どうして少女がこんな事を言うのか。その理由がシサイにはわからなかった。
「どうしてそこまで断言できる? 君はまだ二十も生きていないだろうに」
「あなたと比べたらみんな赤ん坊のようなものよ。でもあなたよりも人間のことはわかってるつもり。全部がそうだとは思わないけど、それでもどうしようもない奴っていうのが居るものなの」
そう言って、リユイはシサイにある事を諭した。
「例えば、あなたの目的が叶ったとして……この世に残った人間がすべて自分の事しか考えない、傲慢で強欲な人ばかりになったら。あなたはどうするつもり? 彼らは何をどれだけしてもあなたの思い通りにはならないし、簡単には死んでくれない」
「……ああ、それは……考えたことがなかったなあ」
シサイには人間の望みを叶えるにあたって、善悪を考慮していない。何を望まれても、それが不可能な望みではない限り、叶えてあげた。
だからこそ、リユイの問いに対する答えを持ち合わせていないのだ。
「今のはもしもの話じゃないし、あなたがどれだけ人間を満足させても彼らは満たされない。私も含めて、人間はみーんな、欲深いんだから。初めから結果は出ていることなの」
「では……君はどうするべきだと考える?」
リユイの言葉にシサイは思案して、彼女へと問いかける。
こうして誰かに答えを求めることなど、彼にとっては初めてのことだった。珍しく動揺していたのかもしれない。
今までしてきたことが足元から瓦解したのだ。らしくない発言もしてしまう。
「もし私があなただったら、最初の段階でみんな消してると思うなあ。初めから無かった事にする」
「私は別に人間が憎いとは思っていないよ。生みの親ならば、子を想うのは当然だろう? それが彼らにとって、どうであるかは別として」
「へえ、そうなんだ。私の知ってる親とは違うのね」
突然、彼女は冷たい物言いをした。
素っ気なく言い放って、汚れた水を木桶から出して立ち上がる。彼女が拭いてくれたシサイの身体は拭いた傍から汚れていく。
「今日はここまで。また今度にしましょう」
終わりを告げて、リユイは道具を片付けると家屋へと戻っていく。
その後ろ姿を眺めて、何か気に触る事を言ってしまったのか。考えてみるが、シサイには少しもわからなかった。
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それから数日が経ち、少女が新しい生活にも慣れてきた頃。シサイにはある疑問が生まれていた。
彼女との毎日は飽きもせず、退屈もしない。それは結構なのだが、彼女はシサイに何も望まないのだ。
すべてを打ち明けたことで、リユイはシサイがどういうものかを知っている。彼がどんな願いも叶えてくれる上位者であることも知っている。それなのに、この場所から逃げ出したいとも、もっと良い暮らしをしたいとも。とにかく、なんであっても彼女は何も望まない。
今までシサイの正体を知った人間たちはこぞって彼に望んだ。ささやかなものから、私欲に塗れたものまで。その願いは様々だ。そしてシサイはそれを可能な限り叶えてきた。
それが彼のすべきことだったからだ。
しかし彼女にはまったくその気配がない。いつもいつも、他愛のない話をしておしゃべりに満足するだけだ。その事がシサイには奇妙に思えた。
「君は私に何も望まないのかい?」
「――わっ!」
夜も更けた頃。ちょうど食事の準備を終えて、これから食べ始めようとテーブルに着いたところで、シサイは窓の外から話しかけた。
突然暗闇からぬっと姿が現われたのだ。見慣れていても驚いたのか。リユイは驚きに声を上げる。
「お、驚いた……どうしたの?」
「君は私に叶えて欲しい願いはないのか?」
まっすぐに本題を問うと、彼女は椅子をしまって窓際まで寄ってきた。
「あるよ。当たり前じゃない」
「それならば私が叶えてあげよう。遠慮はいらない。何でも言うと良い」
嬉々として言うと、なぜか彼女は困ったような顔をした。
「それは……いらない。いえないし、いわない」
「……どうしてだ?」
「だってあなたには絶対に叶えられないし、理解出来ないものだから。それに、これを言ってしまったらとっても惨めになるから、言わない」
「理解出来ないもの?」
リユイの意味深な言葉に、シサイは頭を傾げる。まったく見当が付かない。今までこんな事を言って断った人間もいなかった。だから殊更、シサイには少女の考えが掴めないのだ。
それでも一向に引かないシサイに、リユイは観念したのか。ぽつりと呟く。
「死ぬまでに、一度で良いから誰かに愛されたい」
「……愛されたい」
「本来まっさきにそれを与えてくれるのは生みの親。だけど私にはそれはいない。存在しないから、無い物ねだりになっちゃう。それってものすごく虚しいこと。だから言いたくなかったの」
溜息交じりに答えて、リユイはシサイを見た。
「どう? これはあなたの裁量でどうにかなるもの?」
「長いこと生きてきたけれど、そんな願いは初めてだ」
「そうでしょうね」
「愛情という言葉は知っている。しかしその意味を把握は出来ない。私にはそれが理解出来ないからだ」
「あなた、人の心がわからないものね」
少しだけ残念そうに告げて、リユイはそっと窓際から離れた。
「いいよ。期待してない。ただ言ってみただけ。……食事、冷めちゃった」
少女の背中を見つめて、シサイは何か言葉をかけようと思った。しかし、彼には彼女の願いを叶えてやれない。方法がわからないからだ。確約できないものに絶対とは言えない。




