憐れむに値しない
国王は人当たりの良い笑みを浮かべて、一方的に告げると去って行った。
どうにもシサイの傍に仕える云々は決定事項らしい。此度、こうして物々しい面々でシサイの元に訪れたのは挨拶のようなものだ。
当の本人……少女はというと、黙ってそれを受け入れていた。声を出せないのだから黙るしかないのだが、暴れるでもなく酷く従順なのだ。
彼女はシサイへと一礼すると、沢山の大人に囲まれて彼の前から去って行った。この場所で暮らすには色々と準備が必要なのだ。
なんせ住処の一つもない、ただの小高い丘である。雨風を凌げる家屋が必要だ。シサイにはそんなものは必要ないのだが、非力な人間にはあばら屋でもあった方がマシというもの。
一週間後――予想以上に立派な住処が、丘の上に建てられた。
腐っても王の身内である。酷い境遇でもそれなりの扱いは受けられるようだ。
再びシサイの前に連れてこられた少女は、これから暮らす一軒家を見上げてどういうわけか、嬉しそうに口元を緩めた。もしかしたら笑っていたのかもしれない。
状況を理解しているのかしていないのか。呑気な少女に、ここまで連行してきた男が険しい声音で忠告する。
「この場所は常に監視の目がある。逃げ出そうなどとは思うなよ?」
少女はそれにわかったと頷く。
抵抗もしない様子に、それを確認した男はそそくさとこの場所から去って行った。異形の怪物と、汚染された土地。一秒でも居たくはないのだろう。
それとは対照的に、少女は去って行った男には見向きもしないで、実に楽しげである。
早速家屋に入る、と思ったが彼女はでんと居を構えているシサイを見上げると――
「この前はろくに挨拶も出来なくてごめんなさい」
突然聞こえたしわがれ声に、シサイは驚く。
確か、あの国王は喉を焼いたから喋れないと言っていたはずだ。
「……君、口がきけるのか?」
「っ、ええ……まだ本調子ではないけれど」
咳払いをして、彼女は口元に笑みを貼り付ける。
聞こえる声音は、少女が言うように掠れていて聞き取りにくい。彼女の言葉から察するに、国王の話に偽りはなさそうだ。彼は確かに少女の喉を潰したらしい。
「話せないと聞いたよ」
「彼はそう思っているみたい。でもね、みんな詰めが甘いの」
少女はシサイへと楽しげに語ってくれた。どうやってあの残虐非道な国王を騙したのか。その手管を。
「薬を盛られたのは本当。盛られたっていうよりは、これを飲めって渡された。でもアレの効果は一時的なものなの。致死量を飲まない限りはね。当然彼らには私を殺すことは出来ないから、それを利用して今まで演技していたってわけ。ここまで上手く騙せるとは思ってなかったんだけど……ああ馬鹿ばっかりでよかった!」
少女の話では、今まで命を狙われる機会は度々あったらしい。そんなことで死にたくはなかったから自衛手段として、暗殺者が使う手管を研究し、毒の類いにも精通している。彼女の知識をもってすれば、完全に喉を潰さない躱し方も容易だったのだ。
少女の話を聞いて、シサイはある事が気になった。
「君はあの国王よりも頭は切れるらしい。それがどうしてこんな境遇に甘んじている? こうなる前に逃げ出せたろうに」
「それもそうね。でも逃げて身内から追われる生活はいや。どうせ生きるなら、私は楽な生き方がしたい。その為に努力もするし、多少の不便は受け入れる。それがいま私がここに居る理由。答えになりました?」
大胆不敵に笑って、少女はシサイを見つめる。
彼女の考え方は奇特だ。予想がつかない。けれど、間抜けでも馬鹿でも阿呆でもない。
現に彼女はこうして自由を手に入れた。それはシサイの傍、監視付きという限定的な自由だが……それもあってないようなもの。
監視をしている彼らはこの丘の内側に踏み入って来ることはない。なにか異変があった場合のみ機能する、易い監視の目だ。
だからこそ、この状況では彼女に不便を強いるモノは何もないのだ。
「ハハハッ、随分と長いこと人間を観察してきたけれど、君ほど面白い輩に会ったことはない。退屈な日々も、これなら少しは楽しくなりそうだ」
「そう? それはよかった!」
晴れやかな笑みを浮かべて、少女――リユイは、これからよろしく、と言った。




