二千年前 4
どういうわけか。この獣……シサイと女神には関わりがあるらしい。そして、女神には何か思惑があり、コイツをここに閉じ込めている。
それを知ったログワイドは、良いことを聞いたとほくそ笑んだ。
「そりゃあいい。何を考えてるのか知らないが、女神の邪魔が出来るって事だろ? ははっ、面白くなってきた!」
シサイの話には驚いたが、この場に居る部外者はログワイドただ一人。ならばシサイとの交渉次第では女神の計画をぶち壊すことだって可能だ。
幸いにして、シサイはログワイドの望みを叶えてくれると言う。これを使わない手はない。
しかしまずは女神の計画がどんなものかを知る必要がある。
「それで、お前は女神が何をしようとしているのか。知ってるんだろ?」
「もちろん」
「それはなんだ?」
単刀直入に聞くと、シサイは悩ましげに思案する。
「うん、そうだなあ。別に口止めはされていないし、知りたいなら教えてあげよう」
前置きを言って、シサイは女神の目的を語った。
「彼女の目的は、端的に言うならば人間を改心させることにある」
「改心?」
「そうだ。いまより三千年前に女神はうまれた。それと同時に私はこの大穴の底に居るのだが、それよりも前は地上で人間たちの望みを叶えていた。今の君と同じようにね。しかしそんなことをしていると、次第に人間たちは傲慢、強欲になっていった。彼らの欲望には際限がなかったんだ」
「まあ、そうだろうな」
シサイが誰かの望みを叶えるにあたって、対価は必要ないという。そんな超常の存在が傍に居て傲慢にならない奴などいない。
結果は分かりきったことだ。けれど、シサイはそれに気づいていなかったのか。はたまた気づいていたけれど問題視していなかったのか。すべてを良しとしたのだ。
「私は私の目的が達成されればそれでいい。だから気にも留めていなかったのだがね。その惨状を見た彼女がこれではダメだと言った。一度人間たちから隔離して、自分たちが何をしたのか。わからせてやるべきだと」
「随分な聖人君子っぷりだ」
「私は彼女の提案に乗り気ではなかった。だがそれが望みとあれば叶えるほかはない。だから素直にそれに従った。そうして今もこの場所にいる、というわけだ」
シサイの話を聞いてログワイドは合点がいった。
どうしてログワイドではシサイを解放できないのか。それはログワイドが偶然ここに落ちたからだ。自ら望んで、ではない。
シサイをこの場所に隠した女神の思惑は人間に改心して欲しいからである。そうなれば必然的に、彼らが自分から望んでここに来なければ意味がないのだ。
「清々しいほどの善人ってことか」
女神、というのも納得だ。けれどログワイドはある事が気になっていた。
「女神って言うのは、もしかして元人間なのか?」
「そうだよ。良く気づいたね」
「何となくそう思っただけだ。でもそれだとおかしい」
「なにがだい?」
「人間が傲慢で強欲だっていうのはお前も知ってるだろ? そんな奴が改心させるべきだあ? そんなことするとは俺は思えないね」
今まで迫害を受けてきたログワイドは奴らの醜さをこれでもかと言うほどに理解している。
あいつらはどれだけ痛い目を見ても少しも改心なんてしない。したふりをするだけだ。一部には善い人も居るだろう。しかし本当のクズは何をどうしても変わることはない。
女神が元人間だって言うなら、その根っこの部分は同じなのだ。ただの善意でこの状況を作り出したとは、ログワイドにはどうしても思えなかった。
何か裏があるのではないかと思ったのだ。気づかれないように巧妙に隠された悪意が潜んでいる気がしてならない。
「本当は、改心させるためだけじゃないんだろ?」
「驚いた。君は随分と頭が切れるみたいだ。そこに気づくとは思わなかったよ」
楽しそうに笑って、シサイは語る。
「実はこの話には続きがあるんだ。君の言う通り、彼女のこれは善行ではなく、悪行だ。その根底には悪意が渦巻いている。愛憎に塗れた悪意がね」
――女神が始めた、最悪の戯曲を。




