未知の存在
予想外の国王の提案に、フィノは驚きを通り越して思考停止する。
――女神を殺して欲しい。
誰が聞いても無理だと答えるだろう事を、対面している彼は顔色も変えずに言ってのける。まるで、それが本当に可能だとでも言うように。
無茶どころの話ではない。それでも一応、話だけでも聞いておくべきだとフィノは判断した。
「それ、どういう……」
「言葉通りの意味だ。それ以上でも以下でもない。今や教会の権威は留まるところを知らない。増長しすぎて手が付けられんのだ。どうにもならないのなら、すべてを壊してゼロに戻す方が良いと私は考えた。それには奴らの拠り所である女神を殺してしまえば万事解決するはずだ」
ロゲンは現国王のことを聡明な人だと言ったが……今の言動を見るにそうは思えない。突拍子もない事を言う、破天荒な人間である。
「そんなこと、出来るわけない」
国王の答えを聞いてもフィノの考えは変わらなかった。
仮に教会を上手いこと解体出来たとしても、女神を殺すなど不可能である。大穴の底に居る四災の次に力を持っている女神。上位者が不死身であるのなら、女神だってきっと似たようなものだ。それを殺せなどと、正気の沙汰ではない。
「はは、絶対にそうだと言い切れるか?」
フィノが否定すると国王は含みのある物言いをする。それに眉を寄せていると、彼は思ってもみない事を喋りだした。
「君は教会が秘匿している女神の御神体とやらを見たことはあるか?」
「……ない」
「御神体と言っているが、あれはモノではない。生物であると私は考えている。そして生きているものならば、殺すことも可能だ」
「せ、生物?」
予想外の展開にフィノは狼狽える。
各国の協会にまつられている御神体の一部は、綺麗な水晶だった。あれを見てしまえば否が応でも生きているモノであるとは思わない。
それでも国王は女神を生物であると語るのだ。
「だがそれを証明するには、実際に見てもらわなければならない。ここで私の話を信じるには確証に欠けるといったところだろう。だが……意思の疎通が出来るのならそれは少なくとも生きていると言えるはずだ」
そこまで答えて、国王はフィノに是非を問う。
百歩譲って、四災やマモンのようなものが存在するのだ。女神が生きているというのも有り得るかもしれない。
でもだからといって女神を殺す選択を取るべきか。
別にフィノは女神信者ではないし、女神が消えてしまおうがどうってことはない。
それに四災を地上に出した暁には、女神の存在だってどうなることか。女神が地上でふんぞり返っていられるのも、四災がすべて大穴の底にいるからだ。どうあっても上位者である存在を越えられない。
もしかすると、すべてを終えたら女神という存在は消えてしまうのかも。
そこまで結論を出したフィノは、国王にそれを掻い摘まんで伝えた。
「――だから、いますぐってわけじゃないけど、いずれそうなると思う」
「ふむ、なるほどなあ。して、君はそれにどれだけ時間が掛かると踏んでいる?」
「ここの大穴が最後だから……一年もかからないはず」
「よし、わかった」
国王は手を打って、笑みを浮かべた。
まるで盛大な悪戯を思いついた子供のような悪い笑みだ。
「君の目的成就のため、最大限の援助を行おう。何か困った事があったなら私を頼るといい」
「あ、ありがとう」
「まずは祠に入るために書状がいるのだったな。すぐに用意しよう。後で城の者に持って行かせる」
国王は上機嫌である。
もう用はないと言外に告げられてフィノは謁見の間から出た。
「ふう、なんとかなったけど……」
『奇妙な事態に巻き込まれたな』
今まで黙っていたマモンが呟く。フィノはそれに頷いて、マモンに意見を求めた。
「マモンはさっきの話、どう思う?」
『女神を殺すというやつか? あれが生物であるとは思えないが……こればかりは実際に御神体とやらを見てみない事にはわからんな』
「んぅ……」
『しかし、フィノの考察は当たりのように思う。四災が地上に出てきたならば、あの女神とやらもどうしようもなくなるはずだ』
無人の四災を除き、彼らは女神を良く思っていないようだった。それを考えれば四災と女神の対立だって有り得る。
女神の存在、そのものを滅することだって可能かもしれない。
「……アルマなら何か知ってるかな?」
『かもしれないが……どうだろうなあ』
彼には後で聞いておくべきだ。何か新しい情報が得られるかもしれない。
『それはそうと、ついにここまで来れたのだ。あと一息、これ以上何もなければいいが……』
「うん、そうだね」
国王にも言った通り、この国の大穴でここまでの旅も終わりになる。十年の歳月を掛けたフィノの苦労もやっと報われるだろう。
終わりはすぐそこまでやって来ているのだ。




