交渉開始
ほっと胸を撫で下ろしている三人もヨエルの喜びようを見てご満悦である。
「いまのなに!?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました!」
ロゲンは胸を張って声高に解説する。
先ほどの奇妙な道具は、彼がお遊びで作った閃光玉、のようなものらしい。もちろんあんなものでは実用性など皆無。ロゲンもそれを解っていて、それでも何かに役立てればとああ言った魔道具を色々と作っているのだ。
城仕えの魔術師ではあるが、彼の魔法研究は魔法そのものではなくああした魔道具製作にある。
「先ほど中に詰めた粉はあらかじめ光の魔法を込めたものです。それに軽い爆発を加えてあげれば……あとはご覧の通りですね」
何度か試作をしてあの形に辿り着いたのだとロゲンは言う。
本人も何に使うかは決めかねているらしい。でもこうやって楽しむ分には充分な代物と言えよう。
「僕の部屋には他にも色々な魔道具があるんですがね」
「ほんとう!?」
「ええ、フィノの用事が終わるまで色々と見せてあげましょう」
にっこりと微笑んだロゲンは、フィノに目配せをする。
先ほどまで落ち込んでいたヨエルをあっという間に立ち直らせてしまった。見事な作戦である。
「うん、いっておいで」
少年の背を押すと、彼は嬉しそうに三人に着いて行った。
そこにアルマも同伴させてやって、残ったのはフィノとマモンだけである。
『あんなことも出来るとは少々驚いた』
「うん」
足元にいるマモンの賞賛にフィノも頷く。用事がなければフィノも着いて行きたかったほどだ。
実のところ、魔法技術はそれなりにあるがそれを扱う道具というのはあまり出回っていない。せいぜいが魔鉱石に込められた魔法をそのまま使うくらいだ。
ああいった魔道具を使えれば、魔法を扱えない人でも簡単に恩恵にあやかれる。ロゲンのやっていることは一件無駄に見えても長い目で見ればそれほど悪い事でもないのだ。
そして、その研究を許している国王もなかなかに見る目がある、とフィノは考える。聡明であるとロゲンは語ったがそれもあながち間違いではなさそうだ。
『あまり待たせるのも悪い。そろそろ行くとしよう』
「そうだね」
遠ざかっていく背中を見送って、フィノは国王が待つ謁見の間へ行く。
事前に話は通しておいたおかげで、国王の前にはすんなりと辿り着けた。
「話は彼らから聞いている。こんな場所まで、ご苦労なことだ」
開口一番、そう言った国王はかなり若く見えた。歳もフィノとそう変わらないくらいだろう。
「それで、お前はあの祠に用があるらしいな」
「う……はい」
「だがあの場所は一般には開かれていない。入るには許可がいるわけだ。それを私に頼みに来た、と」
冷ややかな眼差しがフィノを射貫く。若輩ではあるが王としての威厳は充分に持っているため、見つめられたフィノは自然と背筋を伸ばした。
「結論から言おう。君の頼みはきけない。どこの馬の骨かもわからない輩にあの場所を開放するわけにはいかないからだ」
『まあ、妥当な判断だな』
小声で呟いたマモンの言葉にフィノも頷く。
国王の言っていることは間違いでも何でもない。当たり前のこと。何の見返りもナシに協力は出来ないと言っているのだ。
「だがそれでは君は困る。私も鬼ではないのでな。条件次第では考えてやってもいい」
「……条件?」
「聞いているかもしれないが、私と教会の関係はすこぶる悪い。先代が好き勝手やってくれたおかげで奴らが幅を利かせている。それをどうにかしたい」
「んぅ……」
国王はこれまた難題を突き付けてきた。
強大な教会相手にフィノが出来る事など限られているし、あの王様だって手を焼いているのだ。そんな問題をフィノが一人で解決出来るとは思えない。
難しい顔をしていると、彼は薄く笑みを浮かべた。
「先はああ言ったが、君の正体についてはあの皇帝に口添えをされていて少し知っている。魔王に連なるものであると」
「アリアが?」
「そうだ。だから、多少の無茶を言ってもなんとかなると私は踏んでいる」
説明する手間が省けたはいいが、なんだか厄介事に巻き込まれている感は否めない。大人しく話を聞いていると、国王は思ってもみないことを言ってのけた。
曰く――
「君には女神を殺して欲しい」




