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【マルチエンド】追放勇者は孤独の道を征く  作者: 空夜キイチ
第二部:白麗の変革者 第九章
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知らない一面

 

 職務怠慢だという叱責を受け流して、アロガはみなを連れて食事処に入っていく。


 もちろんそれにはフィノも同行した。ヨエルはアロガに肩車されていて戻って来ないし、流石に彼らにヨエルを預けてフィノだけ別行動とはいかない。


「付き合わせてしまってすみません」

「んぅ、大丈夫」


 フィノの隣に座ったロゲンが申し訳無さそうに謝ってくる。

 アロガだって久しぶりに再会したのを喜んで気を遣ってくれたのだ。悪意はない。それに怒るというのは筋違いだ。


 ヨエルはフィノの正面でアロガの隣に座っている。

 どうにも彼に気に入られたらしく、もじもじとしながらフィノに視線を送ってくる。けれどアロガには何もされていないので、フィノとしてはこの状況を見守るしかないのだ。


「うし、それじゃあ俺と少し話そうぜ」

「は、はなすって……なに?」

「そりゃあ、お前の父親についてだよ!」


 アロガは酒の入ったマグを持ち上げて声高に宣言する。

 突然の事にヨエルは何が何だかわかっていなかった。そもそも、この人がどんな人で何の関係があるのかも全然知らない。ヨエルの父と知り合いであることは辛うじてわかるが、それだけだ。


 だからいきなりこんなことを言われても、ヨエルにはどうするべきか。何を話せば良いのかもまったくわからず、黙り込むしかない。

 けれど、件の男にはそんな少年の心境など知る由も無かった。


 アロガに絡まれたヨエルは搾りたての果汁をちびちびと飲みながら困っていた。

 足元にはマモンもいる。けれど今の彼は犬の振りをするしかなく、ヨエルを助けてはくれない。アルマだって頼りにはならないだろう。

 唯一の頼みの綱であるフィノは、気に掛けてはくれるけれど一向に助けてはくれない。


 退路を塞がれたヨエルは観念してアロガの話に付き合うことにした。


「おじさん、おとうさんの知り合いのひと?」

「そうだぜ。むかし、少しの間一緒に居たんだ」

「じゃあ、ともだち?」

「うん? う……ん、まあそんな感じだ」


 友人であるのか、というヨエルの質問にアロガは適当に答えてマグをあおった。

 故人であるユルグにはそう思われていないのは百も承知である。しかし彼の息子であるヨエルには多少でも見栄を張りたい。


 かつて、あんな事になったわけだがアロガはユルグのことを嫌っていたわけではないのだ。ただ少しだけ考え方が合わなかっただけ。彼の昔の事情はアロガも知っていた。どんな苦労をしてきたのかも。

 仲間として一年間、共に旅をしてきたのだ。それを思いやる気持ちは三人とも同じだった。


 きっと勇者として旅に出た頃のユルグと出会っていたのならば、彼らはああして別れてはいなかったのだろう。

 ユルグが変わってしまったのは、仲間であり師匠でもあった彼らがいなくなってしまったからだ。ユルグはその事について多くは語らなかった。でも自分のせいであんな事になったのだと、自責の念に駆られていることは誰が見てもわかることだ。

 出来れば彼の傷心を癒やしてあげたかったが……結局それは叶わず仲違いをしてしまった。


 悔しいが、それが結果で変えられない事実である。


 もちろん自分たちも、ユルグに対して配慮が欠けていたというのは自覚している。だからこそ、ユルグとシュネーで別れてから、彼らはユルグの分まで世のため人のため、いろんな場所に赴き救済の旅を続けていた。

 きっとユルグはそれを望んではいなかっただろうけれど、あの旅は彼らなりの贖罪でもあったのだ。


「昔はアイツといろんな場所を旅したもんだよ。色々あって……疎遠になっちまったけどな」

「そうなんだ」


 ヨエルにとってアロガの話は初耳だった。

 エルリレオに聞いた昔話では、そんな話一つも聞いた事がなかった。父親が昔いろんな場所を旅していた、というのは聞いたことはあるが……それは彼の師匠たちとである。ここで初めて会った三人とではない。


 その事を不思議に思っていると、アロガはほろ酔い気分で上機嫌に語る。


「俺はよお、アイツのことはそれなりに尊敬してたんだ。俺よりも若いのに、皆の為に勇者として頑張ってた。やれって言われたってそうそう出来ることじゃねえよ」

「……ゆうしゃ?」


 ぽろっと零したアロガの言葉にヨエルは首を傾げた。

 ヨエルは父親のことに関してはそんなに詳しくはない。物心つく前には居なかったし、父の人となりを知っているであろうエルリレオもフィノも、何をしていた人なのかは一切話してはくれなかった。

 エルリレオの昔話でも旅をしていたことは知っているけれど、何の為になのかは明かしてくれなかったのだ。


 当時のヨエルはそれに疑問を抱かなかったが……今考えてみると世界中を巡って旅をするなんて、普通に暮らしていたらまずしないことである。


「うん? お前、知らないのか?」

「しらない」


 正直に話すとアロガは目を円くした。彼はヨエルの発言が信じられないようで、何度も尋ねてくる。その度にヨエルは知らないと答えて、三回目でようやく納得してくれたみたいだった。


「知らねえのか……そうか。……ってことは」


 何やら呟いて、アロガはフィノを見遣る。今の話を聞いていたフィノは、目の前の二人の会話を黙って見守っていた。

 アロガの言いたいことはわかる。どうして今までヨエルに秘密にしていたのか。彼が言いたいのはその事だ。


 秘密にしていたのは、単純にユルグが元勇者であると知れたら不都合があるからである。まず子供に説明して理解出来る話ではないし、ヨエルはマモンと仲が良い。大事に想っているからこそ、その関係に亀裂が走るような事は言えなかったのだ。


 けれどアロガを含め、この三人は勇者や魔王の真実には触れていない。ここで馬鹿正直に話せる内容ではない。

 だから、フィノが出来る事はうやむやにしてお茶を濁すだけ。


 黙っているフィノを見て、アロガは何かを察したようだ。おおかた言えない理由があったのだろうと。

 けれど、だからといって彼には勇者であったユルグの事を秘密にしておくという考えは持ち合わせていないらしい。


「まあ、いいよ。何か理由があんだろ。余計な詮索はしねえ。でも、昔話くらいは自由にさせてくれ」

「……うん」


 わかったと頷いて、フィノはマグに口を付ける。

 ヨエルはというと……さっきまでフィノに助けて欲しいと合図を送っていたが、今ではアロガの話に興味があるようで、じっと彼を見つめていた。


 フィノも彼の話を止めようとは思っていない。昔話といっても核心に触れるようなことはないだろうし、むしろヨエルにとってアロガが語る話はどれも新鮮に聞こえるはずだ。

 彼の知らない父親を知れるチャンスである。それを無碍に出来るほど、フィノも鬼ではない。


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