大聖堂にて
二日掛けて王都へと辿り着いたフィノは、祠への立ち入り許可を貰う為に大司祭がいる大聖堂へと足を運んでいた。
「でっかいね」
「うん」
限界まで顔を上げて見上げた大聖堂の大きさにヨエルは感嘆の声を上げる。
聞くところによると、ここ王都カーディナにある大聖堂は各国にある教会の中で一番立派な場所らしい。
女神の御神体が奉られているのだ。それも当然である。
中に入ると、内装は以前見た教会と変わりはない。
入り口付近でうろうろしていると、来訪者に気づいた勤めの僧侶が寄ってきた。
「どうされました?」
「あの――」
事情を説明しようと口を開いたフィノだったが、ふとその僧侶の顔を見て瞠目する。どこかで見たような顔だ。
突然口籠もったフィノに、僧侶の彼女も訝しげな反応をする。けれど、フィノの顔をじっと見ていると、あっ、と小さな呟きがもれた。
「その髪色……もしかして、フィノですか?」
「そ、そうだけど」
先に声を掛けてきたのは彼女の方だった。フィノも、あの優しそうな顔には見覚えはある。けれど、なかなか記憶の底から掘り出せない。
顔を顰めたまま唸っているフィノを置いて、どんどん話は進んでいく。
「私のこと、覚えていませんか?」
「んぅ、どこかで見たことあるんだけど……」
「ええ、そうでしょう。一度会っていますからね。でもたった一度だけでは覚えていないのも無理はありません」
少しだけ残念そうに語って、困り顔をする。その表情を見て、やっとこの人が誰なのか。フィノにもわかった。
「あっ! リエルだ!」
「ふふっ、正解です」
見事に当てられて、リエルは嬉しそうに微笑んだ。
彼女と初めて会ったのは十年前のことだ。フィノが初めてひとりで冒険者として依頼を受けようとしていた時に知り合った。
親切な旅人、もといユルグの元仲間だ。
「十年振りですね。お互い変わって……フィノはハーフエルフですから、見た目の変化はそんなになさそうで、羨ましいです」
彼女の一言で、まじまじとその顔を見ると十年の歳月を実感する。けれどリエルの場合、年老いたというよりも穏和な人柄がさらに目につくようになった、と感じる。
とはいえ、十年経っても彼女だってまだまだ若い年齢である。今のはただのお世辞と受け取って、フィノは彼女に話を振る。
「んぅ、っと……他の二人は?」
彼女の仲間であったアロガとロゲンの事を問い質すと、リエルは思い出したかのようにああ、と相づちを打った。
「昔のように各地を巡る旅もやめてこの地に腰を据えることになってから、あの二人とはたまにしか会っていません。でも、元気にやっていますよ。二人とも王都のどこかにいるはずです」
リエルの話では、アロガは王国軍の隊長に、ロゲンは魔術師として国に仕えているのだという。
役職ではそれなりの地位にいるらしく、昔と比べたらかなりの出世らしい。
元気にしていると聞いて、フィノは嬉しくなった。
ユルグと色々あったけれど、みな、悪い人ではないのだ。そんな彼らが順風満帆な生活を送れているのなら、こんなに喜ばしいことはない。
「懐かしいといえば……ユルグさんは元気にしていますか?」
別れてからも気にしていた、と語るリエルにフィノはどう答えるべきか。言い淀む。
彼女の反応を見ても、ユルグの訃報を知らないことなど一目瞭然だ。きっと彼女たちだって今後ユルグには会わないだろうし……わざわざ知らせるべきだろうか。
悩みに悩んで、フィノは打ち明けることにした。
彼らだってユルグと一緒に旅をしていたのだ。途中で仲違いをしたけれど、それでも知る権利はある。
「その、お師匠はもう……」
重苦しく口を開くと、リエルは信じられないといった顔をした。
泣き出したりはしなかったが、悲しみに表情が沈んでいくのがわかる。いたたまれない気持ちになっていると、ふと彼女の視線がフィノの背後にいるヨエルへと向けられた。
「そういえばその子……」
昔話に夢中になって、リエルも今までヨエルの存在に気づいていなかったみたいだ。
そこで改めて紹介すると、途端に彼女の顔に笑顔が戻る。
「そうでしたか。確かに、彼にそっくりですね」
まじまじと見つめられて恥ずかしくなったのか。ヨエルはフィノの後ろから出てこない。子供らしい態度に苦笑すると、リエルはあるお願いをしてきた。
「よかったら他の二人にも会ってくれると嬉しいです」
「いいけど……でも」
良い知らせを届けることは出来ない。
そのことを言うと、リエルはそれでもいいんだと言った。
「何も知らないままでは可哀想です。私も一緒に着いていきますから」
言いにくいならば自分が打ち明けると、彼女は言う。どうしてもと頼み込まれてはフィノも断れない。
大司祭に会うためにここに来たけれど、そんなに急いでいるわけでもないのだ。だったら、とフィノは彼女の提案に頷いた。




