首都ルブルク
アリアンネが事前に話をつけてくれていたおかげで、デンベルクとの国境は難なく越えられた。
そのまま首都ルブルクへと進むこと、一日。
「そろそろ見えてきましたよ」
車窓から見える街並みにヨエルは感嘆の声を上げた。
「みたことないのがある!」
ヨエルが驚いているのは、天高く聳える風車だ。
首都ルブルクは、高所にあり気候も穏やかなため広大な農地には目を引く風車がぐるぐると回っている光景が当たり前にある。
それ以外にも、少年の目を引くものは沢山あった。
石造りの大きな家に、岩を切り出して作ったであろう堅牢な城壁。建材に上質な岩石や鉱石が使われているのは、鉱山が多いデンベルクならでは。
ヨエルが今まで旅をしてきた東側の地域には見られない建造物が沢山ある。
きっとまた探検に行きたいと言われるのだろうなあ、とぼんやりとフィノが思っていると、馬車は首都の入り口を潜って都市の大通りを悠然と進んで行く。
「わたくしはこれから停戦協定の話し合いと調印があるので、そのまま首長の元に向かいます。フィノはどうされるのですか?」
「んぅ、……そうだなあ」
本音を言えば、すぐにでもルトナーク王国へ向かいたい。でも――ちらりと隣にいるヨエルを見て、フィノは笑みを零す。
「あまり来ることないし、観光していこうかな」
「――っ、ほんと!?」
呟きに外を眺めていたヨエルがすぐさま反応する。目を輝かせてとても嬉しそうな様子に、フィノはそうだよ、と頷いた。
「一日だけ。明日になったら別の所に行くよ」
「いちにち……もうおひるだよ!」
ヨエルは焦ったように叫んだ。
ルブルクに着いたのは既に昼を少し過ぎた時間帯。これから日も落ちてすぐに夜になってしまう。
それを察した少年はフィノを急かしに急かした。
「途中下車してもいいですよ。首都の王城には用はないでしょう?」
「なんだかごめんね」
「いいえ、ここまで賑やかで楽しかったです」
「うん。アリアもこれからがんばって」
ヨエルの我儘に振り回されて困り果てているフィノに、アリアンネは優しげな笑みを浮かべる。
アリアンネはすぐに馬車を停めて、フィノたちを大通りに降ろしてくれた。
去って行く馬車を眺めていると、首都に足を付けたヨエルは都市の景色にきょろきょろと忙しなく動き回っている。
『いつも以上にはしゃいどるなあ。これは大変だぞ』
「んぅ、でも賑やかなのはいいことだよ」
『それにも限度はあると思うが……まあ、こんな時くらいはいいか』
「そうそう。特別ってやつ」
はしゃぐヨエルを眺めながら、二人は笑い合う。
元気なのは良いけれど、マモンからしてみればヨエルに振り回されて気苦労が絶えないのだろう。それでも彼なりにヨエルと一緒にいられる時間を楽しんでいる。だから小言はいっても、結局甘やかしてしまうのだ。
『お互い甘くなったものだよ』
「マモンは元から」
『うっ……それを言われては言い返せないな』
苦笑してマモンはヨエルの元へと向かった。
アルマと何やら楽しげに話している様子を後ろから眺めて、フィノはこれからの予定を決める。
まずは今晩泊まる宿に荷物を置いて……それから日が暮れるまで色々と見てまわろう。
ヨエルはルブルクに訪れるのは初めてだが、実を言うとフィノもそんなに詳しいわけではない。
今までデンベルクとアルディアは戦争をしていたし、首都にも用はなかった。魔鉱石の採取には度々訪れていたけれど、坑道があるのは首都から離れた別の街。よって、こうして観光目的で首都を訪れるのは初めてなのだ。
「ヨエル!」
「なに!?」
「宿に荷物おいて、おでかけしよう。どこ行きたい?」
「えっ、……ええと、ぼく欲しいものがあるんだ」
「欲しいもの?」
フィノの予想を裏切ってヨエルは意外な事を言う。
「うん。アルマ、水が苦手だから……」
どうにも水が苦手なアルマの為に、防水効果のある外套が欲しいのだという。
フィノが居ない間に動けなくなってしまい苦労したと聞いて、ヨエルの提案に一考する。
これからまたルトナーク王国まで旅をする。アルディアと違って国土もそんなに広くはない。徒歩で向かう事になる。
そうなると、途中で雨に降られでもしたら足を止めなければならなくなる。
ヨエルのお願いはフィノにとっても願ってもないものだ。
「いいよ。じゃあ見に行こう」
「うん! アルマ、よかったね」
「感謝する」
アルマもこれには困っていたようで乗り気である。
そうと決まれば、宿の一室を契約して早速フィノは旅装が売っている店に向かう事にした。




