同行者
知り得た情報を脳内で精査していると、四災はそこで話を終えた。
「私が話せるのはここまでだ。真実を知りたいと願うなら、無人の奴に聞け」
「うん。ありがとう」
「礼には及ばない」
機人の四災のおかげで疑問はあらかた解消できた。
あとはここから出て本命の無人の四災に会いに行くだけだ。そこで彼を大穴の底から解放する。
女神と四災が何を画策しているのか。それはフィノにもわからない。けれど何があっても瘴気をなくす方法は一つしかない。今はそれに縋るしかないのだ。
「それじゃあ帰ろうか」
「おはなし終わったの?」
『はははっ、ヨエルには退屈だったろうなあ』
眠そうにしているヨエルを見て、マモンは小気味よく笑う。
今日一日、色々あって疲れたのはフィノも同じだ。
一度スタール雨林を出てメルテルに戻って、体調を万全にしてから次の目的に望むことにしよう。
その前に、スタール雨林に入る時に帝国の兵に頼み事をされていたから、野営地に戻って状況を報告しなくては。
彼らには訃報を届けることになるけれど、プロト・マグナによる脅威は排除できた。邪魔者がいなくなったことで、攻勢に出られるはずだ。
とはいえ、フィノの大願にあと一息といったところだが、それもすぐに終えられるものではない。
最後の四災……無人の四災はルトナーク王国にある虚ろの穴の底にいる。その場所がどこにあるのか、フィノもしらない。まずは大穴の在処を探らなければ。
戦争のおかげで、今までルトナークに足を踏み入れることはなかった。あの国が今どんな状況にあるか未知数だ。
今回のようにヨエルが危険な目に遭うことだって考えられる。マモンも力を取り戻したというし、あのような失態は今後ないと思うけれど、何事も警戒しておくに越したことはない。
難しい顔をして考え事をしていると、不意に機人の四災が語りかけてきた。
「そうだ。先ほど私はここから出る気は無いと言ったが……条件次第では考えてやってもいい」
「条件……?」
「これを連れて行け」
そう言って、四災は自分の身体を叩く。正確にはプロト・マグナの身体を、こつんと叩いた。
「お前たちに危害を加える事はしない」
「いいけど……どうして?」
「心を獲得しろと命じたが、それには他者と関わりを持つ必要がある。これが穏便にそれを成せると思うか?」
「うーん……おもわない」
プロト・マグナはお世辞にも他人とコミュニケーションが取れる性格をしていない。それに心の有無が関係しているかはわからない。
けれど、機人の四災の憂慮は間違いではないことはフィノにも理解出来た。
「ならば事情を知っているお前たちの傍に居る方が容易いと考えたわけだ」
「うん……」
彼の話を聞いて、フィノは思案する。
プロト・マグナが着いてくることには特に異論はない。危害を加えないと確約しているわけだし、ヨエルに何かする事もないはずだ。
「もちろんお前たちにも益はある。無人の奴に相対するのならば、これは抑止力に成り得る」
「抑止力?」
「私たちには各々相性というものがある。私ならば、森人とは相容れない。機人は外皮は強靱だが中身が脆い。あれは草木が手足のようなものだ。それらに絡められたら敵わない」
無人の四災曰く――上位者ごとに力関係が明確にあるのだという。
竜人は森人に強く、無人に弱い。
森人は機人に強く、竜人に弱い。
機人は無人に強く、森人に弱い。
無人は竜人に強く、機人に弱い。
竜人→森人→機人→無人→竜人……このように相性というものがあるらしい。
けれどそこに優劣があるわけではない。少し得意、少し苦手といったもの。
だからプロト・マグナは無人の四災に対しての抑止になるのだ、と彼は言う。
「うん……かまわないよ」
機人の四災の話を聞いて、フィノは承諾する。
条件として機人の四災は大穴の底から出てくれるというし、プロト・マグナについても危険はないと確約してくれている。
それに彼もフィノの目的に協力してくれるというのだ。これほど有り難いことはない!
「交渉成立だ」
嬉しそうに開口して言うと、彼はいきなり立ち上がった。と思ったらフィノに握手を要求する。
「よろしく」
「マスターから情報は得た。宜しく頼む」
口振りから、目の前の身体はすでにプロト・マグナのものらしい。
今まで話していたのは機人の四災であるが……どうやら彼には説明の必要はないようだ。
「ぜんぶ知ってるの?」
「プロト・マグナの目的については承知している。君たちに危害は加えない」
今度は彼の口から安心して欲しいと語る。
それを聞いて、フィノは握り返した手を離す。
「そのひと、いっしょにくるの?」
「そうだよ」
二人の話を後ろで聞いていたヨエルが、フィノの背後から顔をだす。
プロト・マグナはヨエルに対しては暴力に訴えることはしなかった。その為か、ヨエルは彼に対して殆ど警戒していない。
人見知りな彼にしては珍しく自分から近付くと、「よろしく」と挨拶をする。
けれどヨエルに抱かれているマモンは納得がいかないようだ。
『本当にこやつを連れて行くのか?』
「うん。そんなに心配しなくても大丈夫」
『だがなあ……』
マモンは未だにプロト・マグナを疑っているらしい。
気持ちはわからなくもないが、そこは納得してもらわないといけない。機人の四災にも危害は加えないと確約してもらったのだ。
そこに関しては、本当に安心していい。そのことをマモンに説明して、ようやくマモンは渋々ながら納得してくれた。
「マモン、この人のこと嫌いなの?」
『うっ……嫌いではないが』
「じゃあ、ちゃんと仲良くしてよ」
ヨエルに念を押されて、マモンは何も言い返せないまま黙り込んだ。
行動を共にする以上、ヨエルの意見は当然のことである。これでは保護者としては形無しである。
マモンに言いつけたヨエルは、その様子を見ていたプロト・マグナに臆することなく話しかけた。
「なんて呼べばいい?」
「呼び名……名前のことか?」
「うん」
「プロト・マグナだ」
「それはしってる!」
――そうじゃない! とかぶりを振るヨエルに、プロト・マグナは困惑する。
目の前の少年を見つめて、それから助けを求めるようにフィノに視線を向けた。
「うん、と……たぶん、愛称のこと」
「愛称?」
「友人とか、大事な人のこと、そうやって呼ぶんだよ」
「それは、名前ではダメなのか?」
「うーん、ダメみたい」
ヨエルを見つめて、フィノは苦笑する。
ヨエルからしたらプロト・マグナの名前は少し呼びにくいのかも知れない。それでこんなことを言い出したのだ。
「それとわかるなら、なんでもいい」
「それってぼくが決めていいってこと?」
「そうだ」
「ええ……っと、どうしよう。ううん……」
うんうんと悩んでいるヨエルを見つめて、マモンは面白くなさそうに溜息を吐く。
こちらの関係は良好とはいえなさそうだ。
「そろそろ戻るよ」
「う、うん。わかった」
ヨエルをなんとか思考の渦から引っ張り出すと、フィノはマモンに帰りの支度を頼む。
大穴の底から出るにはマモンに乗せてもらうのが一番だ。これにもやはりというか、プロト・マグナを一緒に運ぶことには積極的ではなかったものの、ヨエルの腕の中から下りると彼は大きな獣姿に変わる。
「アルマ、いくよ!」
「アルマ?」
「ぼくが考えたなまえ!」
ヨエルはプロト・マグナもとい、アルマの手を引くと、マモンの身体をよじ登る。彼は少しだけ戸惑いながら、それに素直に従った。
全員を乗せると、マモンは大穴の壁面を駆け上がっていく。
奇妙な同行者を伴って、――こうして長い一日は幕を閉じた。




