始まりの話 5
言葉もなく絶句していると、不意にフィノの脳裏にある疑問が浮かんだ。
「まって。それじゃあ、どうして今は大穴の底にいるの?」
大昔の人間たちは、瘴気がどういうものかを知っていた。対策する手段がないまま四災を手放してしまえば自分たちが破滅を辿ることなど、容易にわかっていたはずだ。
それなのに無人の四災を大穴の底に封じている。明らかな矛盾が生じているのだ。
「一つ勘違いをしている」
「え?」
「あれはあの場所に封じられているのではない。あの場所……大穴の底にただ居るだけだ。それ故に、私たちと違ってその気になればすぐにでも出てこられる。奴はあそこで来たるべき時を待っているだけだ」
告げられた真実に、言葉もでない。
必死に今の話を理解しようとしていると、背後からマモンが四災へと問う。
『それをログワイドは知っていたのか?』
「ログワイド?」
『己を創った男だ。奴はその四災に会っている』
マモンの証言に、機人の四災は考える素振りを見せる。
「……おそらく知っていたはずだ。上位者と初めて会ったのならあの状況、疑問に思わないはずがない」
『ではなぜ己を創ったのだ!? 知っていたならその必要は無いはずだ!』
「私になぜだと問われても困る。だが……それを知っていたから、その男はお前を創ったのではないか?」
予想外の指摘に、マモンは黙り込む。これにはフィノも盲点を突かれた。
けれど四災の話もあながち間違いとも言い切れない。
ログワイドはマモンを、この世界には必要のないものだと言っていた。だったらどうしてそんなものを創ったのか。フィノはそこがずっと疑問だったのだ。
さしもの彼も、マモンを創ってから無意味なものだと気づいたわけではないはず。だとしたら……最初からわかっていて、あえてマモンを創った。そう考える方が納得できる。
「どうしてそんなこと」
「さあな。ログワイドとやらが何を考えていたのかは私も知らない。だが……わかっていてわざとそうしたのならば、その男は無人の奴をあの場所から出したくなかったということだ」
「出したくなかった……?」
「つまり、ログワイドは奴の目的を知っている。そう考えられる」
彼は二人を見据えて断言した。
「無人の奴が何を考えてこの状況を作ったのか。それは私にもわからない。干渉器を使って探らせても決定的な理由は見つからなかった」
「だったら……やっぱり人間にお願いされたからじゃない? そうした理由はわからないけど」
「私も最初はそう考えた。だがそれでは、女神の存在に意味が見出せなくなる」
「めがみ……」
突然、降って湧いたかのように女神の名が出てきた。
これまでの四災の話を聞く限りでは、彼らが封じられる前の時点では女神は世界に関わっていない。
彼が少し前に洩らした言葉を拾い直すならば、女神は五千年前に生まれたらしい。それと四災がどんな関係性にあるのか。不明なままだけど無関係ではないはずだ。
「女神は奴を含め、私たちが全て封じられた後に生まれたものだ。私も詳しくはない。あれに詳しい者はたった一人しかいないだろう」
「それって……」
「無人の奴が女神に関与しているのは確実。おそらく、両者の間には何かしらの契約があるはずだ。それを知ってしまったが故に、ログワイドは無人の奴をあの場所から出さなかった。すべて推察の域を出ないが、おおよそはそんな筋書きだろう」
四災の指摘を受けて、マモンはヨエルの腕の中で熟考する。
『無人の四災が女神と関わりがあったのなら、ログワイドは当然面白くはないはずだ。奴は女神をとことん嫌っていた。それの意趣返しならば……可能性としてはあるのではないか?』
「うん……」
『それに奴が残した石版に色々と仄めかしてあったろう』
マモンの一言に、フィノはかつて解読した石版の内容を思い出す。
確か……あれにはログワイドの後悔が記されていた。自分のしでかしてしまった事への懺悔と謝罪。
彼は、マモンを創り出したのは自らのエゴであると言っていた。そして、それよりももっと他に方法はあったとも。
つまり、ログワイドは最善手を棄ててでもマモンを創ったのだ。何がそこまで彼を駆り立てたのか。その原因は一つしか思い浮かばない。
『奴は心の底から女神を憎んでいた。それを思えば、ログワイドが己を創ったのは女神の成したいことへの抑止とも考えられるのではないか?』
すべて仮定の話ではあるが……無人の四災と女神が何らかの契約を交わしていて、手を組んでいたとすれば、その全容を知ったログワイドが素直に彼らの計略に荷担するとは思えない。是が非でも邪魔をしようと画策したはずだ。
その結果が、マモンを創りだして瘴気を浄化させることだった。
「う、ううん……」
マモンが語ってくれた推察にフィノは唸り声をあげる。
誰よりもログワイドという男に詳しいであろうマモンによる、彼の人となりは何よりも正解に近いはずだ。
けれど真実は誰にもわからないまま。流石にフィノも知り得たばかりの情報を鵜呑みにして是非を下すのは躊躇われた。
しかし、もしこの考察が正しいものだったとするならば、無人の四災の目的がわかってくる。
ログワイドは彼を大穴から出したくはなかった。それは裏を返せば彼の四災はあの場所から出たいという事になる。
彼がそれを望んでいるのはフィノにも好都合だ。
そこにどんな思惑が絡んでいるかわからないが……瘴気をなくすには四災の解放が絶対条件。その足掛かりが確定したとみていいはず。




