始まりの話 3
誤字修正しました。
機人の四災が語った過去の出来事は、断片的だった情報を補完してくれた。
けれど謎もまだまだ残っている。その最たるものが、機人についてだ。
「最後、機人についてだが……」
「? どうしたの?」
四災はその話に行く前になぜか黙り込んでしまった。
言い淀んでいるところをみるに、どうにも話したくないらしい。
「これは私の失態の話でもある。出来れば避けたいところではあるが……まあ、仕方ない」
一人で悩んで勝手に解決すると、彼は語ってくれた。
プロト・マグナの話では、彼より前に創られた機人はみな壊れてしまったという。あの身体を人間の武器で破壊できるとは思えないし、今までのように無人の四災に頼ったのか。
しかし、フィノの予想は四災の回答とはかすりもしていなかった。
「私の被造物である機人が滅んだのは、外的要因が原因ではない」
「……それって、どういうこと?」
つまり……『何かに襲われて壊された』のではなく、『他の要因で壊れた』のだ。
そして四災はこれを自らの失態だと言った。恥ずべきものであると。
「ええっと、つまり……」
何かしらの欠陥があって、機人はすべて壊れてしまった。
答えを導き出したフィノへと答え合わせをするように、四災は話を続ける。
「私は森人の奴とある賭けをしていた。永遠に成長し続ける神木と、私が創り出した機人。どちらが永劫まで至れるか。私は機人をどの種族よりもそう創った。賭けには勝てると自負していた。だが、そこには大きな誤算があった」
「……誤算?」
はああ、と深い溜息を吐いて四災は項垂れる。彼にとっては消し去りたい過去なのだろう。
「何千、何万と生きられる身体を持っていても、その年月に心が耐えられなかったのだ」
「こころ?」
思ってもみない発言にフィノは度肝を抜かれる。
「そうだ。私は彼らを生物として創った。であれば、その機能は必要不可欠である。心がなければ、こんなものただの鉄くずで創った人形に過ぎない。それは私の理念に反する」
「でも、そのせいで壊れちゃった……」
「こればかりは私も予期していなかった。神木が倒されたのは機人が自壊する前のことだ。賭けには勝ったが、あれは負けたようなものだ」
自らの失態を彼は溜息混じりに語る。
機人が壊れた理由が、外的要因ではないと言ったのはこれのことだったのだ。
確かに彼らの身体は頑丈で命を害される心配はない。けれど、身体がどれだけ丈夫でも心があるのなら話は違ってくる。
フィノもヨエルも、マモンにだって心はある。そしてそれがどれだけ脆いものかも知っている。
機人の四災は上位者ゆえに、心の機微がどういうものかを知らなかったのだ。
深く絶望してしまえば、どれだけ屈強な者でも簡単に壊れて死んでしまう。過去の機人たちが壊れた原因はこれだった。
――他殺ではなく、自殺。
不死身に近い生物が辿る最期にしてはかなり呆気ないものだ。
『なるほどなあ。わからないでもない』
フィノの背後、ヨエルに抱かれたマモンがしみじみと語る。
今の話はマモンにとって、他人事ではないのだ。
『終わらせる方法があるのならば、己もそうしていただろう。たとえ使命があろうとも、二千年の時は長すぎる。心があるならば、なおさら耐えられるものではない』
経験者が語る話はそれだけで信憑性がある。
マモンの発言にヨエルは不安そうに腕の中にいるマモンを見つめた。それに気づいたマモンは、優しく言葉をかける。
『今は大丈夫だ。心配しなくともいいよ』
「ほんとう?」
『ああ、本当だとも』
「よかったあ」
ほっと息を吐いたヨエルは嬉しそうにマモンを抱きしめる。
しかし、それを壊すように機人の四災は、マモンを指差した。
「それゆえに、私はお前に興味がある」
言葉通り、彼が魔王を欲していたのはこの事実が原因だったのだ。
プロト・マグナも魔王を自分と似ている存在と言っていた。
「マモンはダメだよ!」
『己を知ったところで何も得られないと思うが』
ヨエルにさらにきつく抱きしめられながら、マモンは反論する。
けれど機人の四災はそんなものはちっぽけなものだと冷笑を零す。
「結果は誰にもわからない。可能性の話だ。過去の教訓を踏まえて、最後の一体であるこれは心というものを排除して創った。だがやはりそれではただの人形だ。私の眷属として、許容出来るものではない。そこで私はこれに命令を与えた。欠いた心を獲得してこいと。魔王に接触したのはその為だ」
『なんとも迷惑な話だ』
うんざりとした様子でマモンは嘆息する。
あんな目に遭ったのだ。喜んで協力する、なんて状況になるわけがない。
マモンの態度に四災は特に気にすることなく、話を再開する。
「それでなんだったか……話が逸れた」
「機人がいなくなった後のこと」
「ああ、そうだ。その後に私もこうして大穴の底に封じられることになったが……私は人間にも無人の奴にも恨み言の一つも持ち合わせていない」
ここにきて、四災は予想外の発言をする。
「な、どうして!? だって――」
「私の創った機人は自壊した。そこには誰の悪意も絡んではいない。恨む道理もない」
「でも、あなたはこうしてここに」
「言っただろう? 時間ならいくらでもあると。ここに囚われることなど何の障害にもならない。それに、あの時は機人の自壊について打つ手がなかった。原因を究明するにはとにかく時間が必要だった」
だから、機人の四災にとってこの状況は悲観するべきものではないという。
彼の一言で、フィノはやっと痛感する。
彼ら四災も一枚岩ではないのだ。それぞれに思惑もあり、望みも異なる。
竜人は大穴の底で待つことを選択し、森人は外に出る為にフィノに協力してくれた。
機人は、そもそも出たいと思っていない。
前者の二人はまだ扱いやすい方だ。なんせ大穴から出たがっていた。
けれど機人だけは違う。彼は解放を望んでいない。その事実が一番厄介である。
瘴気をなくすには、大穴の底にいる四災をすべて地上に出さなくてはいけない。その為には封印の鍵を握っている無人の四災に交渉しなければならない。
だからこそフィノは彼に会おうとしているのだ。
今の機人の四災の一言は、フィノの努力を無に帰すものである。




